日経ビジネスは1月8日号の特集「甦れ!ニッポンの品質」で、日産自動車、神戸製鋼所、SUBARU、三菱マテリアル、東レなど日本の製造業で相次ぐ、品質関連の不正を取り上げた。どこに問題の本質があるのか。課題を克服するためにはどのような対応を急ぐべきなのかなどを、不祥事を起こしたメーカーの関係者、専門家、品質に力を入れる企業の事例から迫った。日経BP社の技術者向け専門誌「日経ものづくり」などの協力も得た。オンライン連動企画の第1回では不正の背景と、日本の製造業が何をすべきなのかを探る。
どうして品質関連の不正がここまで相次ぐのか──。日産自動車やSUBARU(スバル)の完成検査の不正、神戸製鋼所、三菱マテアリル子会社、東レ子会社の品質データ改ざんなど、昨秋以降、問題が続々と発覚している。
今回の特集のために、さまざまな企業の関係者や専門家を取材する中で、筆者がとりわけ気になったのが企業の倫理観だ。
「法律に違反しても品質には問題がない」「ちょっとくらいの不正なら大丈夫だろう」「契約で定められた基準を下回る製品を出荷しても、安全性には余裕を持って設計されているのでトラブルは起きない」。このような意識が強く感じられた。
日産自動車やSUBARUの完成検査の不正では「資格を持った検査員による完成検査を義務付けるのは時代遅れ。無資格者が検査してもクルマの品質には全く問題がない」と語る関係者がいた。
完成検査は自動車メーカーが国家資格取得者による車検を代行する仕組みである以上、有資格者による検査が法律で定められている。品質に問題がなかったとしても、両社は明らかにコンプライアンス意識が欠如していた。
EV(電気自動車)「リーフ」などを生産する日産自動車の追浜工場の検査ライン(神奈川県横須賀市)
素材メーカーによる品質データの不正も同じ構図が当てはまる。
神戸製鋼の調査報告書は「クレームを受けなければ、顧客仕様は守らず、数値を書き換えても問題ない」という意識が社内にあったとする。三菱マテリアル子会社の三菱電線工業の調査報告書も、不合格品が出た際に、「これくらい(の不適合)であったら合格としようか」と相談したり、開発担当者から「機能上問題ない」という意見があれば、顧客に無断で合格させたりしていたと指摘する。
素材メーカーの不正の背景には、日本メーカー同士のあいまいな取引慣習がある。それが「特採(特別採用)」だ。いったん不合格とされた製品を、顧客の承認を得るなどして、使用可能にすることを指す。
データ偽装に走った各社はこの制度を悪用。顧客向けには品質データを基準に達しているかのように改ざんした上で、社内では特採扱いにしていた。
「少しなら品質基準を下回っても大丈夫」とメーカーが考えるのは、なぜなのか。メーカー同士が契約する際に決めた品質は、設計上、製品安全に必要な水準を大幅に上回るケースが一般的だ。産業機械などの場合、繰り返し負荷がかかる部品などは、必要とされる強度の3~10倍程度で設計されている場合が多い。
「安全率」と呼ばれるこの基準は業界によって異なっており、例えば、自動車では1.6倍を目安に設計されてきたとされる。
余裕を持った設計になっているという前提があるからこそ、神戸製鋼などの素材メーカーは、「少しくらい品質基準を満たさなくても問題ないと考えてデータを書き換えた可能性がある」(品質管理に詳しいコンサルタント)。
“過剰品質”ともいえる高い安全率は、メーカーの甘えにもつながる。納期が迫る中、ちょっとデータを改ざんしても問題は起きないだろうと製造現場は考え、不正に手を染める。一度始めると歯止めが利かなくなり、データの修正を繰り返す中、偽装は常態化していった。
「ある一線を一度でも越えてしまうと、罪、問題意識の敷居が非常に低くなる。それが個人であっても、部署であっても判断するのは人間だ。低くなった敷居は時間と共に無いに等しくなる」。一連の品質問題を受けて、日経BP社の技術者向け専門誌「日経ものづくり」などが実施したアンケートではこんな回答があった。
変わる前提、本当に過剰品質なのか?
次々に発覚する品質関連の不正は、現時点では命にかかわるような品質トラブルを引き起こしてはいないとされる。だが、蔓延する品質管理のゆるみは今後、重大な品質問題につながりかねない。
安全性に余裕を持たせて設計をしているという前提が変わってきているからだ。コスト削減の圧力が高まる一方、デジタル化により強度のシミュレーションなどの設計技術も進化。余裕を持たせない設計が可能になってきた。
「安全率が限界設計みたいに小さくなっている可能性がある。安くするために、安全基準をぎりぎりまで近づける。アルミ材も、航空機などがぎりぎりで設計されていれば問題が起きかねない」。安全学の権威である明治大学の向殿政男名誉教授はこう指摘する。
日本企業が長年大事にしてきた品質。1950年代以降、欧米に追い付け追い越せと、日本メーカーは先を争って、QCサークル(小集団改善活動)やTQM(総合的品質管理)などの活動に熱心に取り組んできた。急速に高まった品質は世界的に評価され、日本製品はめったに壊れないという「品質神話」が生まれた。
米国で日本の自動車メーカーが台頭したのは、品質が優れており、中古車になった際の価値が高かった影響が大きい。日本の建設機械や家電も高い品質が高く評価され、世界進出が加速していった。
だが、今はどうか。「20年前は社内でTQMやQCサークルに熱心に取り組んでいたが、いつの間に廃れてやめてしまった。今では工場で改善活動を指導できる従業員はほとんどいない」。ある中堅産業機器メーカーで品質管理を担当する50代の技術者はこう嘆く。
今でも品質改善活動に一生懸命取り組み続ける日本メーカーは少なくないが、「1990年代以降、日本の製造業が新興国に追い上げられ、コスト削減の圧力が高まる中で、QCサークルをやめる会社が増えてきた」。TQMやQCサークル活動を推進する日本科学技術連盟(日科技連)の佐々木眞一理事長はこう語る。多くの日本メーカーで改善活動は下火になっている。
なぜ日本メーカーの品質に対する意識が低下しているのか。
「結局は経営トップの意識の問題だ。かつては品質管理のシンポジウムを開催すると社長クラスが必ず参加していた。今では役員が出るのは意識が高い会社で、部課長クラスしか参加しないケースも多い」。日科技連の会長で、コマツ相談役の坂根正弘氏はこう指摘する。
日産の完成検査の不正に関する調査報告書でも、同社の経営陣がコスト削減や販売台数などの数値目標を重視する一方で、工場の品質管理に十分な関心を払っていない実態が問題視された。
「ゴーン流のコミットメント経営での目標達成意識が不正を誘発した」「過度のコスト削減圧力が(不正の)一因である」といった厳しい批判まで調査に応じた日産社員から飛び出した。
製造現場で慢性化する人手不足も、日本メーカーの品質管理を困難にしている。
日産は、コスト削減圧力がある中、正規社員だけではなく、非正規の従業員にも完成検査を任せる動きを加速してきた。だが、その教育が間に合わず、資格がないままに、完成検査を担当させていた。
熟練した技能を持つ正社員は50代以上になって高齢化。働き盛りの30~40代の正社員は採用を抑制してきたために少なく、20代は教育が不十分な非正規社員が多い。そんないびつな構造のままで、増産を急がせたことが、完成検査の不正につながったようだ。
利益や納期よりも品質を優先する風土が不可欠
それでは品質関連の不正を起こさないために、企業は何をすべきなのか。詳細は日経ビジネス本誌の特集記事をご覧いただきたいが、本記事ではポイントにだけ触れておきたい。
まず品質データをデジタル的に管理して“見える化”するなどして、「改ざんできないようにする」ことだ。
例えば、神戸製鋼では不適合品の正確な検査データをいったん紙に書いてから、改ざんした数値をパソコンに入力していたとされる。三菱マテアリル子会社でも、不合格品の検査データは手書きでメモを残す一方、改ざんした数値を入力していた。
品質データの改ざんに関して謝罪する神戸製鋼の経営陣
こうした不正を防ぐには、IoT技術などを活用し、人間による改ざんの余地がない完全な自動化を進めることは有効だ。製品の検査データを試験装置から人手を介さず自動的にサーバーに送信する仕組みを実現するのは難しくない。
「トレーサビリティー」と呼ばれる、製造工程における検査データを、バーコードなどを使って、個々の製品と紐づけて管理する手法も自動車産業などで多くの欧米メーカーが導入している。品質管理のレベルが高まり、問題が起きた際の原因究明や対策にも役立つ。一定の投資が必要になるが、こうした取り組みに日本メーカーも力を入れるべきだろう。
「利益や納期よりも、品質を優先する」ことも欠かせない。不正を起こしたメーカーの調査報告書では、「本社経営部門が事業を収益で評価する一方、品質管理について不適切な行為が行われている状況にあるか否かを把握しようとする姿勢が不十分だった」(神戸製鋼の報告書)といった指摘が目立つ。
利益によって事業や個人の成績が評価される一方、品質管理に力を入れることが評価されなければ、従業員がどちらを優先するかは自明だ。品質問題が起きた際に、利益や納期を気にせずに、現場が正直に実態を報告できる企業風土も欠かせない。
何よりも重要なのは「品質を支える人材の育成」だ。トヨタ自動車はグループを挙げてTQMやQCサークルなどの活動を絶え間なく続けている。品質を高めるだけでなく、それを支える人材を育成する場になると考えているからだ。
「品質の確保・改善にとって決定的なのは人である。不断の組織能力の構築なくして品質向上なし、という原則は過去も未来も変わらない」。モノづくりに詳しい東京大学大学院経済学研究科の藤本隆宏教授はこう指摘する。そこにIoT技術を組み合わせて、進化させることが重要だという。
もちろん上記のようなさまざまな施策を実行するのは経営トップの役割である。だが、前出の日経ものづくりなどのアンケートでは経営トップに不信感を持つ回答者も多く見られた。
「トップは製造現場に関して無知で無関心すぎる」「経営者が品質管理にコストをかけたがらない。必要な品質検査を省略させたりしている」「上層部はコスト重視で、ウソをついてでも顧客の信頼を得ろとの指示さえある」といった耳を疑うようなコメントさえあった。
現場で何が起きているのか。どんな悩みがあって、何を解決すべきなのか。製造業の経営者は自ら工場に足を運ぶなどして、本気で従業員と向き合うことが求められている。コスト優先ではなく、「品質第一」の経営を徹底するには、まずトップが現場から信頼されることが欠かせない。
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