彼自身はもともと技術者であるが、技術で先の方向性を示すと言うよりも、成長マインドセットをこの企業文化の中に取り戻すことを最重要課題に掲げた。『Hit Refresh』の中にも、マイクロソフトの将来に悲観する社内の雰囲気を、成長マインドセットに切り替えるという話が何度も出てくる。

 特にノキアの携帯事業買収が失敗に終わったことは、ナデラがCEOに就任してすぐに発表された。そういう中で、成長マインドセットを取り戻すというのが、彼の大きな使命だった。だから、文化のキュレーターとしての役割を果たす必要があった。

文化の変革に求められるのは正確性よりも一貫性

 ナデラは、マイクロソフトのミッションを次のようにつくり直した。

 「世界中のすべての人々とビジネスの持つ可能性を最大限引き出すための支援をすること」

 それ以前の「すべてのデスクとすべての家庭に1台のコンピュータを」というミッションに比べると、かなり抽象的で哲学的な内容だ。ナデラはよく人の話を聞くタイプで、上手に理念を掲げる能力があるように推察される。その意味では、もともと経営者に向いていたのかもしれない。

 理念やビジョンに関して私が面白いと思ったのは、ナデラが正確性よりも一貫性が重要だと言っていることだ。象徴的な例を出すと、一度公開したプレゼンテーションのスライドは、少し直したいところがあっても気持ちをぐっと抑えて直さないという。メッセージの一貫性を重視しているのだ。

 世界190カ国以上の国々に10万人を超える社員を抱える組織で、会社の理念への忠誠心を高め、その理念を現実のものとするため、私たち幹部はミッションと文化を明確に結びつけることに決めた。そして、わが社のミッション、世界観、アンビション、文化を1ページの文書にまとめた。すぐに膨大なパワーポイント資料を作成したがるわが社にとっては大変な作業だ。私はスピーチをするたびに、単語を変えたり、文章を追加したり、あれこれ手を加えたくなったが、いつもこう考え直した。「完全であるより一貫しているほうがいい」(『Hit Refresh』chapter 3より)

 同じことを言い続けること、つまり一貫性は、文化のキュレーターに必要な資質だ。これからの経営者に求められるのは、文化のキュレーターとしての能力かもしれない。どんな企業でも幹部や社員は、経営者の発言を注意深く聞きながら行動している。社員は、経営者が評価してくれることを目指して活動しているので、経営者は放っておいても参照される存在である。

 だからそういう存在が、どのように文化を語るかということはとても重要だ。ナデラは「成長マインドセットが重要だ」とことあるごとに強調し、自らも実践してみせている。