ウェブの特性を生かした両利きの経営

 日本で両利き経営の事例として思いつくのは、集英社のウェブ版マンガ雑誌「ジャンプ+」だ。同社の看板雑誌である週刊少年ジャンプは、少子化の影響で部数が減りつつある。その一方で「ジャンプ+」というマンガ配信ビジネスを提供している。「ジャンプ+」には紙の雑誌とは違う性質がある。

 マンガはニュースと違って、昔描かれたものでも作品としての価値は古くならない。手塚治虫の作品を読む人は、どの時代にも必ずいる。また、全100巻くらいある作品であれば、途中の1巻を読んだ人が第1巻目から読んだりする。最初に世に出たのは昔の週刊誌の連載であっても、その過去の遺産が今も使えるという性質がマンガにはある。

 過去の遺産を生かすには、圧倒的にネットのほうがいい。紙の本だと置く場所が必要になり、たとえば書店に『こちら葛飾区亀有公園前派出所』を全200巻置いたら、かなりの場所を占拠してしまう。しかし、ネットであればいくらでも置けるので、過去の遺産を売りやすいわけだ。

 集英社では、既存の週刊少年ジャンプで新作を売り、電子媒体のジャンプ+で過去の遺産を売るというように、両利きの経営をやっている。このケースでの矛盾点は、ジャンプ+で新作も読めるので、ジャンプ+だけ見れば紙の新刊雑誌はいらない、という人が出てくることだ。

 また、ジャンプ+は外販もやっていて、たとえばLINEマンガに一部の作品を提供している。つまり、ジャンプという媒体を通さなくても読めるので、作品ごとの収益は上がるが、週刊少年ジャンプの部数や自社の電子媒体の購読者数の増加にはつながらない。当然、社内からは、「外販せずに直販だけにしろ」「ジャンプ+に新作は出すな」という意見が出てくる。

 社内では、利害のある部署間で必ず争いが起きるので、こうした矛盾をうまくマネジメントする能力が利きの経営には必要になってくる。経営者は、全社の長期的な利益を考えて、均衡点を探らなければならない。この際、トレンドを理解し、左手(新事業)の追求の重要性を理解している経営者(両利きのリーダー)は、当面の利益を支える右手(既存事業)の言い分ばかりを聞くことはない。