ここで、「矛盾」が発生する。パッケージ販売からサブスクリプションモデルに変えようとすると、売り上げや利益は必ず落ちる。6万5000円のパッケージ製品を月に1000本売れば、月6500万円の売り上げになるが、月額1000円のサブスクリプションサービスを1000人に売っても100万円にしかならならず、サブスクリプションモデルを主軸するためには、顧客数を従来よりも大幅に増やす必要がある。したがって、販売目標もそれに対応させて変えなければならない。

「両利きの経営」を実現するための絶妙な評価システム

 追い上げ戦略を実行する時に重要なのは、営業の目標づくりやそのコンセプトに合わせて評価システムづくりだが、マイクロソフトはビル・ゲイツの時代からそうした目標や評価の仕組みづくりが抜群にうまい。その伝統は、いまも受け継がれている。

 クラウドシフトに当たりマイクロソフトでは、「全体の売り上げ」と「サブスクリプションの売り上げ」の二兎を追う目標設定を行った。売り上げの全体目標を達成しても、サブスクリプションの目標が未達だった場合、あるいはその逆でも、高い評価やインセンティブは得られない仕組みだ。

 この切り替えで重要なのは、既存のパッケージ製品もしっかり売っているということだ。必ずしもすべての顧客が、サブスクリプションモデルを求めているわけではない。パッケージを売るのをやめてサブスクリプションのみにするのではなく、パッケージも売りながら、売れば売るほどパッケージの売り上げを引き下げてしまうという「矛盾」を抱えるサブスクリプションモデルも売る。

 このように、矛盾を抱えた2つの事業を同時に実行することを、私は「両利きの経営」と呼ぶことにしている(両利きの経営は、もともとは、「組織にすでに存在している知の基盤に基づいた事業の追求(知の深化)と組織の現在の知の基盤(と技術)からの逸脱の追求(知の探索)の同時追求」を意味していて(Lavie et al., 2001)、両者の矛盾は明示的ではないが、矛盾があるからこそ両立が難しいのであり、定義に「両者の矛盾があることを明示する」というのが私の立場だ)。

 両利き経営とは、右手(既存事業や既存技術)をあきらめて、左手(新事業や新技術)を追求するのではなくて、両方を同時に追求することを意味する。そのうちに、片手だけになるかもしれないが、その時には新たな新事業や新技術が生まれる。このように考えると、マイクロソフトは「両利きの経営」を上手にこなしてきた会社だということがわかる。しかも、Office 365は従来のパッケージのOffice製品を移植したもので、完全につくり直しているわけではなく、既存事業の財産を生かして事業を転換させている点も見逃せない。資産の一部を活かすことは、両利き経営が片利き経営より強いところだ。