しかし、ナデラの話を読んでいると(彼の改革を成功と言いきってしまうのは時期尚早かもしれないが)、改革には内部出身経営者も悪くない、いやそちらのほうがむしろ望ましいとも思えてくる。少なくとも、内部昇進主義がそんなに悪いものではないという一つの反証になっていて、内部昇進の経営者が多い日本企業には、勇気づけられる事例と言えると思う。

傍流ならではの客観的かつ批判的な視点

 ただし、改革者であるためには、どのルートで内部昇進を果たしてきたがとても重要であり、そのルートで得られた経験が変革を成功させる原動力になりうる。それを簡潔に言うと、「改革したいなら本流出身者ではなく傍流出身者を選べ」ということである。

 ナデラがCEOになるまでの経歴を見ると、マイクロソフトの稼ぎ頭である本流のWindowsやサーバー事業を横目に見ながら、傍流の部署を中心に歩んできた。

Windows NTのエバンジェリストは本流のように見えるかもしれないが、ナデラがその任にあった頃はNTの立ち上げ時期で、業績面での貢献は低かった。その後、検索エンジン事業のBingでも立ち上げに関わり、その次のクラウド事業の責任者だった時も、まさにこれから事業を拡大させようとしている時だった。つまり、利益に大きく貢献する部署ではなく、将来の収益源のために、主に新規事業の立ち上げに携わってきた。

 実は、この「内部昇進」と「傍流」という2つのキーワードは、変革が必要な企業に求められる経営者の重要な要件になり得る。

 必ずしもすぐには儲からない新しい事業の立ち上げをやらされている人は、会社の経営全体に対して、冷静かつ、どちらかというと批判的な目を持っている。同時に、本流の部門に対して、あこがれを抱き、本流は大事だという気持ちと、本流部門は変わろうとしないという不満の両方を持ち合わせている。

 ナデラの経営者としての能力を大きく成長させたのは、傍流のBing部門から本流であるサーバー&ツール事業部(STB)の責任者への抜擢だったと思う。STBは、Windows サーバーやSQLサーバーなどの製品を考案・開発してきた、法人部門の中心であり、会社全体では、この時点で3番目に収益の高い事業部だった。

 私が引き継いだチームは、チームというより個々の人間の集まりでしかなかった。詩人のジョン・ダンは「人はひとりでは生きていけない」と述べているが、ダンがこのチームの会合に参加していたら、そうは思わなかったかもしれない。チームを構成する各グループのリーダーは、一国一城の主のようで、それぞれが自分の城にこもって仕事をしている。そんな状態がずいぶん前から続いていた。私にはそれをまとめる求心力もなく、さらに悪いことに多くのリーダーが、自分こそが私の役職に就くべきだと思っていた。彼らは不満をあらわにした。おれたちはこれだけの金を稼いでいる。クラウドが多少評判になったからといって、そんなものにわずらわされたくはない。

 この手詰まり状態を打開するため、私はSTBの管理者チームのメンバー全員と個別に会い、意向を探り、質問しては耳を傾けた。私たちが目指すべきはクラウド中心の戦略だという点で一致する必要があった。(『Hit Refresh』chapter 2より)

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