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 私立大学に限らず、独立法人化した国立大学にしても、多額の寄付が期待できる家の子弟や予算の割当に影響力をもつ官僚や政治家の子弟を優遇したいという意思が働く危険性は小さくない。

 実際、入試以外でも、本来はやはり公平性が求められる学長選挙や教授選などで、予算の獲得に力を持つ人物を優遇する意図が強く疑われるケースがある。

 例えば2007年には文科省の事務次官が実際に人を教える教育の経験がほとんどなく、教職員の意向聴取投票では2位であったにもかかわらず学外の有識者を含む選考会議で山形大学の学長に就任しているし、ほとんどの国立大学法人でなぜか理事に文科省の役人が出向している。

 また、論文がゼロで教授選で選ばれる元官僚はざらにいるし、日本で初めて、私立大学と国立大学の常任教授を兼職するクロスアポイントメント教授に選ばれたのも元通産官僚で文科省の副大臣を歴任した人物だった。

 もちろん、このすべてが予算目当ての不公平人事ではないだろうが、そう疑われても仕方がないものが混じっていることは確かだろう。私の所属する医学部の世界でも、公衆衛生などの教授に就任するなら、大学で研究するより、厚生省(当時)に入省するほうが近道と言われたものだ。学問業績より、その人のもつ人脈や影響力を重視したセレクションを大学教授に対して行う前例は枚挙にいとまがない。

 私も大学院や大学の教員をやっているのでわかるが、小論文の場合は、名前を切って誰が書いたかわからない形にして採点をするのだが、面接の際には、その受験生のバックグラウンドが書かれた資料を与えられて行う(これは大学院入試の話だが)。予算に困る大学であれば、面接の配点の比率が高まれば、特定の受験生を優遇したり、面接で落とすことへの報復を恐れる危険性があるというのは、妄想とは言えないだろう。

 教授選考で似たようなことをやっているのに、受験生ではそれをやらないと考えるほうがむしろ楽観的過ぎると私には思えてならない。