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肩書にこだわるのは自信のない証拠

 自分を信じることができない人は、人の評価や外形的な基準を信じがちだ。

 食べ物屋を選ぶにしても、食べログやミシュランのようなもので高評価の店を選ぶ一方、自分で開拓してみようという感覚になれない。

 その中で最たるものは肩書やお金だろう。

 かつての自分がそうであったが、頭のよさに自信がないとき、学歴があれば頭がいいと思ってもらえると感じるものだ。自分に自信がなくても大学教授の肩書があれば、人が敬意を払ってくれるというのもそうだろう。

 しかしながら、定年などでそれを失ってしまうと、自分が信じられない人のダメージは大きい。自分の知識や話の面白さに自信がある人、つまり自分を信じられる人なら、肩書を失っても堂々としていられるはずだ。

 それよりはお金の方が信用できるという人もいるだろう。

 確かに、よほどのハイパーインフレでもこない限り、お金持ちは、余計なことをしなければ一生お金持ちだ。

 お金があればある程度の贅沢もできるし、人も寄ってくることだろう。

 しかし、自分を信じられない人であれば、高いものにしか価値をおけなくなるだろうし、人がよってきても、自分に寄ってくるのでなく金によってくるのだとかえって疑心を強めかねない。

 自分を信じて、お金や肩書がなくても魅力的な人になろうと思う方が長い人生はるかに楽しめるというのが、老年医学を長くやってきた結論だ。

 自分を信じろと言われても、特別にとりえはないし、などと思う人もいるだろう。

 ただ、世の中に、とりえだけで欠点がない人もいないし、欠点だけでとりえのない人もいない。たまたま、とりえが学歴だったり、金を稼ぐ能力だったり、ルックスのよさやスポーツの能力など社会での評価が高いものだと得をするのは事実だろうが、犯罪者であっても、一度ぐらいはいいことをしたことはあるはずだ。

 ためしに自分の舌だの、客としてのセンスだのちょっとしたことからでも自分を信じてみてはどうだろうか? それが幸せの第一歩だと私は信じている。

 ということで、私がこれまで書いた600冊以上の本の中でいちばん気に入っているのが、最近出した『自分を信じるということ』である。興味がある方は手に取ってほしい。