忘れたほうがいいこともある

 私は基本的に解決できることは忘れない、諦めないという姿勢はとても大切だと思うが、精神科医の立場からすると忘れたほうがいいことがあるのも確かだ。

 私は91年から94年までアメリカに留学していたが、当時のアメリカ精神医学界はトラウマが心に与える影響の研究の最盛期と言っていい時代だった。そして、震災であれ、レイプであれ、暴行であれ、トラウマ記憶はなるべく思い出させて、現在の記憶と統合していくような治療が推奨されていた。

 ところが、それによって虐待を受けていない人が受けていたように記憶がすり替わってしまい、児童虐待をしていない親を訴えるような事件が頻発して社会問題になったことがある。さらに97年に、目撃証言がいかにあてにならないかという研究で知られる、ロフタスという心理学者が衝撃的な研究を発表した。トラウマの後遺症の人たちの回復プログラムを受けていた人たちからランダムに(無作為的に)選んだ30名において、26名の人に無意識的になっていたり、曖昧になっていたトラウマ当時の記憶が蘇ったが、心の治療は通常の治療を受けていた人と比べて長引き、それ以上に治療前の自殺企図(自殺未遂)は2名だったのに治療後はそれが11人に増え、婚姻関係はほぼ全例で破綻した。

 要するに悪い記憶が蘇ることで、人間不信(親切にしてくれる配偶者まで信じられなくなってしまうなど)や本人の苦悩が深まってしまうことが明らかになったのだ。かくして、この手のトラウマ記憶を思い出させる治療はほとんど行われなくなった。

 阪神淡路大震災の際は、私もボランティアで心のケアのため毎週神戸に通ったが、まだこの論文が発表される前だったので、悪い思い出を吐き出させる治療が盛んに行われた。私に限らず、多くの心のケアの担当者が、あまりいい結果でなかったことを反省し、その後の震災の心のケアではやはりこの手の治療は行われなくなった。

 現在では、むしろトラウマを思い出させるより、これからどうやって生きていこうという方向に気持ちを向けさせたり、将来についての悲観的な認知に対して、いろいろな可能性を考えられるような認知療法的なアプローチが盛んに行われている。

 前述のような変えられることがあり、それによって幸せが得られる見込みがあるなら、過去のことを考えてもいい。しかし、そうでない場合は、過去のことをずっと思い悩むのはメンタルヘルスに悪いというのが心の治療の原則だ。

 もちろん、性被害の犠牲者が、「忘れろ」ということで泣き寝入りをしたほうがいいはずはない。処罰感情を満たしたり、自分が悪くなかったことを明らかにしていったり、また将来の再発の不安を緩和するために、心のケアに配慮をしながら、被害届を出したり、勇気を出して被害を告発するのは、本人だけでなく同じような性被害を受けた犠牲者の心のケアのためにも望ましいことだ。

 そういう意味で、元TBS社員をレイプで訴えた被害者の勇気には賛同したい。しかし、裁判で真相を争うのでなく、検察が勝手にレイプでないと判断して真相を明らかにする場を奪ったことや、ある程度の証言を集めても、検察が立件しない前例を作ることで、性犯罪の被害者が訴え出ることをためらわせるような結果になったのは残念でならない。