自民党の杉田水脈(みお)衆院議員が月刊誌への寄稿で、同性カップルを念頭に「『生産性』がない」などと主張したことで物議を醸しだしている。

 子どもができないことが果たして生産性がないと言えるのかについては、LGBT(性的少数者)の人たちや子どもを産まない人の生みだしている国内総生産(GDP)を考えれば、結論は明らかと言えるように思うが、私は実は、この生産性神話について、長年、強い違和感を覚えている。

AIとロボットが社会を支える(写真:shutterstock)

 生産と消費が逆転しているというパラダイムシフトに対応していないように思えてならないからだ。

 今回は、サバイバルのための思考法として、生産と消費の逆転、そのほかのパラダイムシフトにどう対応するかを考えてみたい。

生産と消費の逆転というパラダイムシフト

 私が21世紀というものを考える際に、最大のパラダイムシフトと考えているものは、生産と消費の逆転である。

 10年ほど前だったと思うが、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長(当時)と対談する機会があった。

 その時に何を話したかあまり覚えていないが、覚えているのは、「1990年ごろ、先進国では生産と消費が人類の歴史上初めて逆転したと言える時代がきた。これまでのように生産性を高めるビジネスモデルは限界に来ていて、いかに消費を開発するかがビジネスのキーになる」というような意味のことを話されたことだ。

 このパラダイムシフトに基づいた思考パターンを取り入れたことが、その後も続いたセブンイレブンの成功の秘訣と言えるのだろうが、私は、生産と消費が逆転したということはもっと重要な意味をもつように思うようになった。

 日本以外でも主要国では2070年までに中国、ブラジル、ロシア、ドイツ、イタリアなどが人口減に転じる。人口が減れば、よほど1人あたりの所得が増えない限り、消費は減っていくことになる。ところが生産性は、手作りでないと嫌というような大規模なムーブメントがない限り、どんどん伸びていくだろう。要するに需給ギャップはどんどん大きくなっていく。

 人口減が進む国では、需要減に伴う生産過剰が危惧される。生産物が余っているのだから、外国にモノを買ってもらいたくなる。モノを買ってくれる国の力が強くなるのは、中国とドイツの関係をみているとわかる。逆に外国からの輸入はできればお断りだ。トランプのような人物が出てくるのはアクシデントでなく、これから保護主義の国がもっと増える可能性は小さくない。

 個別物品で、生産過剰ということは珍しいことではない。せっかく作った農産品を価格維持のために捨てたりする、豊作貧乏などと呼ばれることが起こる。あるいは、コメが余ってから行われている減反政策では、コメを作らないと補助金が与えられるということが続けられた。