良い医療は金で買えない、あてになる情報源は?
医者の本音が見える臨床研修マッチング、学会の監修には要注意
医師という仕事をしていると、人からいい病院についての情報を聞かれることが多い。
実際、日本の場合は、お金より情報のほうがいい医療を受けるためには大切となっている。だから、医者に聞くという考え方があるのだろう。
確かに医者選びというのはサバイバルに直結するものだ。ということで、今回は後で解説するマッチングのランキングが発表されたこともあるので、あてになる病院の探し方について医師の立場から提言してみたい。
日本ではお金より、誰が良い医者かという情報のほうが良い医療を受けるために大切だ(写真はイメージ、©imtmphoto-123RF)
医療の質は情報次第
国民皆保険のために、大金持ちでも保険診療の病院に入院する。原則的に保険診療の病院では患者のえり好みは禁止されている。要するによほどの理由がない限り、来た患者さんを断ることはできない。また、貧しい患者さんでも高額医療の限度額があり、それ以上は保険が払ってくれるし、生活保護であれば、それもタダだ。
もちろん、保険で認められていないような高度治療はある。保険で認められていないが、海外で評価の高い抗ガン剤などはもちろん貧しい人には受けられない。ただ、そのような薬の延命効果も実はたいしたことがないことが明らかにされている。重粒子線治療のような治療も一部は保険適応になったが、従来の治療と比べて、有効性にどれだけ差があるのかに疑問符が付けられたりもしている。
いずれにせよ、一部の例外的な治療を除けば、お金がある人と貧しい人の受けられる治療に原則的に差はない。
ただ、外科手術に関しては、腕による差は大きい。18人もの患者さんを死に至らしめた群馬大学医学部付属病院の医師がいたことは、群馬では最も高度な医療を行う病院の信用を地に落とした。このうち8人は難しいと言われる腹腔鏡手術後のケースだったが、この手術は腕による差がかなり大きいことが知られている。私が驚いたのは、この大学病院の消化器外科では5年間の開腹手術での死亡率が11.9%に上り、全国平均の3倍以上だということだ。
この一件は、開腹手術を含めて腕のいい医者、悪い医者での生命予後の差が大きいことと、大学病院のブランドを妄信してはいけないことを世間に知らしめたのだ。
また、天皇陛下の心臓手術は東大病院で行われたが、執刀医が順天堂大学の医師であったこともニュースになった。昭和天皇の時代も含めて、これまでの天皇陛下への治療や手術に対して、医師の立場から見て疑問符の付くことは少なくなかったが、東大の面子のようなものがあって、外部医師の招請というのはほぼなかった。皇室医務主幹の故金沢一郎先生(この先生は、私が現在勤務する大学院の院長だったこともあり、直接存じ上げているが、まさに人格者だった)の英断にはまさに頭が下がる。
多くの人が大学名で医者を選んではいけないということを思い知っただろう。
要するに大金持ちでも情報がなければ、ブランド大学病院に入って、その教授が論文の数で教授になった人で、手術が下手だと分かっても、「よその先生を呼んでくれ」とは言えない。天皇陛下だからできた例外的措置だ。一方で、情報があれば、貧しい人でも天皇陛下の執刀医も指名できる。
国民皆保険の国では、持っている情報によって受けられる医療の質が決まると言っても過言ではない。
病院ガイド、ランキングはあてになるのか
そのため、病院ランキングや病院ガイドが大流行だ。
外科の場合は、手術数がランキングの基本になっていることが多い。私もこの考え方は悪くないと思う。医療漫画の『ブラックジャックによろしく』でも話題になったように、手術というのは経験が多いほどうまくなることが多い。病院の死亡率や手術の成功率(これははっきりとは出せないだろう)のようなデータを求める声は大きく、群馬大学は腕のせいで死亡率が高かったようだが、一般的には、名医のいる病院のほうが難しい患者の紹介を受けることが多いので、成功率が落ちたり、死亡率が高くなってしまうことがある。
手術をやる科はランキングの根拠が分かりやすいが、内科や精神科はどうだろうか? 私が関係する精神科において高齢者に対する薬の使い方を見ると、確かに腕前には雲泥の差がある。ところがそういうものはデータ化されにくい。
これに関しては患者数ランキングがかなりあてになる。もちろん情報のない患者さんはブランド病院をつい選んでしまうから、その部分はあてにならないところがあるが、紹介患者数を調べることができればかなりあてになる。
昔は自分の出身の大学病院を自動的に紹介する医者が多かったが、研究重視、臨床軽視の病院を紹介すると、自分の評判を落とすことになるので、そういう医者が減ってきた。これまで患者を紹介してきて、その患者や家族から評判の良かった病院に紹介する傾向が強い。自分の出身大学でなくても、医者からの紹介状があれば断れないことを知っているからだ。
病院ランキングを見るうえで私が重視しているのは、誰が監修したり、誰が選んでいるかだ。
学会が選んだというのなら、基本的に政治力が働くことが多い。日本老年医学会が薬物療法のガイドラインを出して注目されたが、高齢者は栄養不足が致命的になることが多いのに、食欲不振や胃腸障害などの副作用が多いことで知られる骨粗しょう症の治療薬が慎重投与の対象になっていなかった。高齢者のうつ病を原因とした自殺が多いことや、高齢者がうつになると食欲不振やそれに伴う脱水を起こして命取りになることは、高齢者の臨床を行う者にとって常識的なことなのに、うつ病の治療薬は目の敵にされていた。今でもこの学会に大きな影響力を与えるボス的存在の人物が骨粗しょう症の専門家なので、忖度が働いたとしか思えない。
外科系の学会でも、ボスになるのは、腕がいい人より、有名大学の教授や政治力に長けた人が多いとされる。ブランド名で選ばれた医師にばかり取材している病院ガイドは、少なくとも私は参考にしない。その科で名医とされている人が選んだものならあてにする。
医者や学生が選ぶ病院ランキングに注目
私にしても知らない科で身内が治療を受ける際には、元同級生に聞くことが多い。
マスコミに答えてくれるかどうかは分からないが、同業者の評判はやはり彼らも耳にしているので、それなりに貴重な情報を教えてくれる。医者にアンケートをしてランキングをつける雑誌があったが、匿名なら本当のことを教えてくれるかもしれない(逆に匿名でないと、心臓外科の南淵明宏先生――天皇陛下の手術の前から、自分は天野先生にかかりたいと教えてくれた――のように、よほど腕に自信がある人でないと本音が言えないかもしれない)。
そういう意味で公にされているデータで私がもっとも注目するのは、臨床研修のマッチングのランキングだ。
毎年、医師臨床研修マッチング協議会というところが施設ごとの研修医の定員と、その病院への希望者数の結果を公表している。日経メディカルOnlineのような医師向けのサイトで、それをランキング化してくれているが、一般の人でも興味のある大学病院や大病院のデータは手に入るはずだ。
臨床研修制度が必修化されてから、大学の医学部の卒業生は自由に研修先を選べるようになった。これによって東北地方の大学の医学部の学長は、東京から入ってきた学生が東京の病院で研修するようになって、東北地方に医療崩壊を引き起こしたと言明した。しかし実際は、その大学のある県は研修医がむしろ大幅に増え、その大学病院の研修医が集まらなかっただけだと判明した。
今の医学生は将来の高齢化を見越して、むしろ地域医療を学びたがっていることが明らかになった。実際は、研修医が大幅に増えると予想された東京都の研修医が、人数の上では最も減っていたのだ。
医学部の学生は、自分の大学の教授は臨床軽視で研究重視だとか、どこの大学の先生は手術がうまいといった理由で研修先を選ぶ。
この臨床研修マッチングの中間報告が先ごろ発表された。私は最終報告より中間報告のほうをあてにしている。競争率が高いと第二、第三志望の病院に希望先を変える医学生がいると考えられるからだ。
大学病院では、今年は1位希望人数が一番多かったのは東京医科歯科大学だった。ただ、定員が多いので充足率は85%にとどまる。東大は2位だが充足率は7割に満たない。東大で研修を受けたというブランドを求めての人もいるだろうから、この数字はやはり心もとない。それと比べて注目すべきは杏林大学だ。定員65名に希望者79人。私の学生時代は東大教授を退官した後の天下り先のような病院だったが、今は腕のいい医者を集めているのだろう。あえて名前は書かないが、研修医にソッポを向かれているような病院は要注意だ。東北地方の名門国立大学病院はなんと充足率11.1%だった。
市中病院では、予想通り、聖路加国際病院や亀田総合病院の人気が高いが、驚くべきは武蔵野赤十字病院だ。10人の定員に52人が1位希望で充足率520%はダントツだ。希望者数も亀田総合病院よりも多い。少なくとも私が見るところ臨床力の高い病院が上位を占め、医学生もよく将来のことを考えていると安心した。
実はあてになる患者の評価
私は、これらのランキングの中で、患者の声が反映されたものがないのを不思議に思っている。
医療というのは医者の力だけでやるものでない。仮に手術がうまくいっても、フォローが悪ければいい結果にならないことは珍しくない。また脳血管疾患などでは、病み上がりのリハビリテーションの良しあしで、その後の回復が大きく違う。医者による薬の処方(具合が悪ければ迅速に変えてくれるとか、きちんと説明してくれるなど)など、かかった患者やその家族でないと分からないことが多い。
専門の高度医療以上にかかりつけ医を選ぶ際に、面倒見がいいかとか、先々のことまで考えてくれているか、往診体制や訪問看護との連携はどうかなど、医学レベル以上に大切なことはたくさんある。
専門家が評価したミシュランより、一般人が評価した食べログのほうが、コストパフォーマンスやグルメでない人の舌に合った味という点であてになるように、病院だって素人の患者さんが評価したほうが役に立つことはいっぱいあるだろう。
もし、食べログの医者版のようなものができたら協力は惜しまないつもりだ(やはり医者がアドバイザーについていないと、誤解などに対応できない可能性がある)。
少なくともそういうものができて、人々が信用するようになれば、病院側もそれに対応しようとして、今より患者サービスは確実に良くなるはずだ。
始めようとする人が出てくることを心から願っている。
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