いずれ老いを受け入れねばならぬ

 ただ、いつまでも老いと闘い続けることは、生物学的に困難になるのも事実だ。

 吉永小百合さんのような見た目が若い70代の人が、いつまでその若さを保てるかは医者として興味があるが、さすがに90歳近くなると限界がある。

 脳を使うことで認知症の発症は遅らせることができるのは、私の臨床からも実感する。発症後も、脳を使う人の方が進行が遅いというのは、経験上は言えることだ。

 ただ一方で、私が高齢者専門の総合病院である浴風会病院で解剖所見をずっと見てきた限り(年に100例にはなる)、85歳歳を過ぎて、アルツハイマー型の脳の変性が全く起こっていない人はほぼいなかった。

 我が国で発表されている様々な認知症有病率の統計によれば、85歳を過ぎると40〜50%が、90歳以上で約60%が認知症の診断基準に当てはまってしまう。

 認知症を遅らせたり、寝たきりや要介護になる時期を遅らせたりすることは可能だろうし、そうした方がいいが、やはり長生きをすればいつかは罹患するという事実も受け入れないといけない。

 日本でもっとも汎用される認知症の診断スケールである長谷川式簡易知能評価スケールを開発した長谷川和夫医師が、昨年自らの認知症を公表して、いくつかの新聞のインタビューに応えている。「年を取ったんだからしょうがない」と認知症を受け入れ、世間が思っている以上に、発症前と自分の主観的な世界に連続性があるということを伝えるために講演活動に勤しんでいる。

 「認知症になったら安楽死したい」というように、老いや衰えを否認したり、あるいは認知症になることを必要以上に恐れるより、誰もが発症する可能性があると開き直って、そうなった際に受け入れる方が(主観的には)幸せなように思えてならない。

 老いや衰えに直面した際に、「年を取ったから仕方ない」と受け入れる時期が必要だということだ。

 だとすると、いたずらに不安になったり、老いを遅らせることばかり考えるより、どんな衰えが現れるのかをきちんと知っておく方がいいだろうし、そうなったときにどうすればいいか、どんな医療制度が使えるのかも知っておいていい。

 実際、会社に勤める40歳以上の人は給料から、年金生活者は年金から、介護保険料を天引きされているのに、保険の使い方を知らない人もものすごく多いというのが高齢者専門の医師としての実感だ。

 老いを受け入れる覚悟と、そうなったときの準備が大切だというのが、長生きの時代に長生きの人を多く診てきた私がたどりついた結論だ。