深酒し路上で寝る破天荒な先生

 そこで自主ゼミを開いたが、そこからそうそうたる面々を輩出している。最近、その評伝がでたのだが、そのゼミ出身者で彼を師と仰ぐ面々が推薦の言葉を寄せている。橋爪大三郎氏、宮台真司氏、大澤真幸氏、そして副島隆彦氏である。

 東大非常勤講師以外に肩書のないこの学者は、家に電話も引いておらず、ときにお酒を飲み過ぎて、道端に倒れているという暮らしを営んでいた。私の上司の編集者が彼の話を聞いたり、原稿を書いてもらうために、電報を打ったり、道に倒れていないかを見に行ったりしているのを知り、肩書に頼らない生き方に憧れを抱くようになっていった。

 妻をもらい、後に生活はかなり改まったようだが、執筆と講演は77歳で亡くなる直前まで精力的に続けられた。

 のちのソ連の崩壊を日本で初めて(下手をすると世界で初めて)予言する本を、私が出会ったころすでに書いていた(誰も信じなかったようだが、この本は売れた)のだが、肩書より言っていることの面白さで生きる方がずっとすごいと憧れることになったのだ。

肩書欲しさに重鎮にペコペコ

 僭越なようだが、このときの決意が今の自分(小室先生ほど世間の評価は高くないだろうが、肩書に頼らず、700冊以上の著書を出し、映画監督など好きなことができているのは確かだ)のベースとなっている。引退のない仕事なので、定年の心配もしていない。

 一方で、私が医学界の重鎮のパーティで見たのは、60歳近くなって、肩書の呪縛から逃れられない人たちである。

 東大教授を退官した後、医者の免状があるのだから、開業もできるだろうし、週の半分も医者のバイトをすれば、子どもが独り立ちしていれば十分生活でき、趣味の世界に生きることもできるはずだ。それでも東大を退官後も立派な肩書が欲しいから、くれそうな人にペコペコしているように見えた。

 ただ、一つ言えることは、仮に別の大学の医学部で教授のポストを得たり、大きな病院の院長職を得られたとしても、70歳前後で、それも引退しないといけなくなる。

 60歳前後で開業するなら、そこから流行るクリニックも目指せるが、70歳過ぎだと、いくら元東大教授でも難しいだろう。文筆であれ、新たな医学ビジネスであれ、別の世界でデビューするならなおのこと難しくなるだろう。

 私も長年、老年精神医学に取り組んできているが、定年前の社会的地位の高い人に限って、定年後、引退後の適応が悪く、それ以降の第二の人生を見出すのが困難な人が多いし、うつのようになる人も多い。