食生活や体質の違いから日本では心疾患で死亡する人が少ないのだろう。薬を服用することで血圧や血糖値を下げたところで、もともと死亡率が低い心疾患患者を、どの程度救えるか私には疑問がある。それなのに日本では欧米のような大規模な臨床研究があまり実施されない。

 欧米の研究で「悪玉」とされたLDLコレステロールについても、神奈川県伊勢原市における男性9949人(平均年齢64.9歳)、女性1万6172人(平均年齢61.8歳)を対象にした平均8.2年の追跡調査では、男性では確かに心血管系の疾患による死亡率が180mg/dl(日本では120を超えると境界域高LDLコレステロール血症、140を超えると高LDLコレステロール血症で治療の対象になる)以上になると増えるが、女性は増えなかった。さらにいうと、男性ではLDLコレステロールが180以上の群のほうが、免疫機能が高いためかそれより低い群よりむしろ死亡率が低いのである。

 日本人と欧米の人で違うデータがさまざまな分野で出ている以上、薬のエビデンスについても日本人を対象にしたものが望まれるし、それがないと、本当に薬を飲むことに疑問を感じてしまうのだ。

医学の進歩を信じるという発想

 もう一つ、私が体調を犠牲にしてまで、あるいは、食べたいものを我慢してまで、血圧や血糖値を基準値まで下げようとしない理由は医学の今後の進歩を信じているからだ。

 実際、不摂生のために心臓の冠動脈の動脈硬化がかなり進んでいても、それを心臓ドックなどで見つければ、バルーン治療やステント治療などの進歩のおかげで、心筋梗塞はおおむね予防できるようになっている。

 iPS細胞医学の進歩や普及が進めば、この細胞を動脈硬化の強い血管に移植(というか、貼り付けるだけのようだが)すれば、元の若い血管に戻すことが理論上は可能だ。

 血友病患者が被害を受けた薬害エイズについては、確かに悲惨な出来事ではあるが、その後の治療の進歩のおかげで、ほとんどの人が、薬を飲み続けないといけない不便はあるが、通常に生活や仕事ができている。被害者の一人の川田龍平氏も現役で国会議員を続けている。

 もちろん、薬の副作用だってあるだろうし、多少は症状が出るかもしれない。しかし、薬害エイズの原因になった非加熱製剤が発売される前の1960年代後半~70年代前半は、血友病患者の平均寿命はなんと18.3歳だった。それまでの治療法だったクリオ製剤は本物の血液の濃縮製剤だったために自己注射ができず、ちょっとしたことで大出血の起こる血友病患者は、そのたびに病院に行かないといけなかったのだ。それに対して非加熱製剤は、自己注射ができたために、その場で止血ができた。それが血友病患者の平均寿命を延ばした。

 その結果、HIV感染という薬害につながったが、HIVの潜伏期間(約10年とされる)を考え、その間の医学の進歩を信じるなら、平均寿命を短くする恐れのあるクリオ製剤に戻すより、非加熱製剤を使い続けていたことが結果的に合理的だったという見方もできる(もちろん安全な加熱製剤があるのになかなか承認せず、承認後も非加熱製剤を回収しなかった厚生省の責任は重い。薬害エイズで亡くなった方々の無念さは察するに余りある)。

 私の本業は、高齢者を専門とする精神科医だし、いくつかの老人ホームの顧問医のようなこともしているが、ひどい高血圧で、薬を嫌がって飲まないのに90歳を過ぎても矍鑠(かくしゃく)としている人もいるし、タバコをプカプカ吸っていても元気で長生きする人もいる。

 

 これにしても、ゲノムの解析が進むと、高血圧でも未治療でも脳血管障害になりにくい人や、タバコを吸っても害が生じにくい人がわかるかもしれない。

 

 高血圧や高血糖を放っておいても、多くの場合は、心筋梗塞や脳卒中を生じるのは20年後くらいだとされる。血管に障害が本格的に現れるのに、そのくらいの時間がかかるのだ。だとすると、その間の医学の進歩を信じるという考えは、確かにギャンブルではあるが、否定もできないだろう。

 

 このようなことを考えて、もう少し自分の受ける医療を自己決定してもいいのではないかというのが、私の考えである。

 

 ご興味をもたれた方は、そのヒントを、「医者のやめどき 『医療の自己決定』で快適人生」という書籍に書いてみたのでご一読をいただけたら幸いだ。