例えば、がんの放置療法で知られる近藤誠氏は、1980年代から乳がん患者に対する乳房温存療法の普及に取り組んだ。当時、乳房の全摘手術(乳房を全部取るだけでなく、大胸筋や周囲のリンパ節まで切除する)が一般的だったが、患部を部分的に切除する乳房温存療法との間で治癒率に大きな差がないとする研究結果が米国などから伝わっていた。だが近藤氏の努力にもかかわらず、日本では乳房温存療法の普及に時間がかかった。標準治療のレベルになるのに15年もかかったという。全摘手術を推す当時の外科の権威たちの影響があったとみられる。

 権威の顔色を窺って、死亡率が低かったり、副作用が少なかったりする治療が広まらないのは、今も変わらない。

 2015年には日本老年医学会が「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」という指針を出した。私や周囲の臨床経験から、高齢者に胃腸障害の副作用(食欲不振が続き、高齢者の生活の質が大幅に下がる)が多いと指摘される骨粗しょう症の薬について、「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」に「なし」と明記された。骨粗しょう症の権威の意向が働いていたとしても不思議ではない。

 医学の世界をちょっと見渡しただけでも治療方針を巡る圧力が散見されるのだから、そのほかの世界でも、このような圧力は当たり前にあるというのが私の推測だ。

逆らわないリスク、高まる

 さて、このように様々な場面で、圧力に屈し、不本意な仕事(例えば古い治療法の押しつけや、明らかにおかしい審判行為、部員への反則行為の指導、不正経理や改ざんへの加担など)を担わされているのが日本の現状のようだが、素直に従わないという動きも出てきた。

 今回のボクシング連盟の山根会長に対する疑惑は、内部告発によって発覚した。以前と比べて、特に米ハリウッドから世界に広まったセクハラを糾弾する「ME TOO」運動以降、内部告発の心理的な敷居が下がっているのだろう。今後も同じような内部告発は続くことだろう。マスコミも、権力の濫用には不快感を持つ人が多いようで、報道量は比較的多いし、背景に踏み込んで報じる傾向もあるようだ。

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