悪い忖度をいかになくすかがサバイバル術

 維新の会の党大会で、松井大阪府知事が「忖度には、悪い忖度と良い忖度がある」と言明したそうだが、結果的に悪い忖度になるものはあり得るだろう。

 安倍首相は、役人の忖度はないと言い切ったが、相手の心を決めつけることはできない。役人が首相の意向を推測するのも、松井氏が言うように政治家が国民の意向を忖度するのもむしろ当然のことだ。「(相手が勝手にした)忖度はあったかもしれないが、こちらから要請したり、圧力をかけたことはない」と言うほうが明らかに正確だろう。

 地位が高いものには、その部下にあたる人間は必ず忖度が起こると考えるのが、むしろ経営者や管理職の人間の心得るべきことだろう。不快な思いをさせたくないという忖度から悪い情報を上げない、ということは珍しいことではないはずだ。

 東芝の不正経理にしても、三菱グループのリコール隠しにしても、社長が直接命令したというより、部下が忖度したというほうが真相に近いだろう。しかし、それを見過ごしたため(あるいは、喜んで受け入れたため)経営危機を招き、経営者のクビは飛び、莫大な損害賠償まで(経営者個人に対するものも含めて)請求されたのは、事実である。安倍首相にしても、野党が弱すぎて政権が盤石だからいいようなものの、通常ならこの手のスキャンダルが出れば、自分のクビの危機にひんするはずだ。

 下手な忖度が働かないように工夫をする名経営者もいる。コマツ相談役の坂根正弘氏は社長時代、悪い情報から上げさせるように命じたという。みんなが機嫌取りをして、裸の王様になるほうがはるかに危険と考えたからだろう。

 確かに部下に気を利かせてもらったおかげで助かったという「良い忖度」もあるだろうが、「余計なことをしてくれた」という悪い忖度も間違いなくある。

 コンプライアンスが厳しく、またネットなどを通じての内部告発のリスクも高い現代社会は、「悪い忖度」をいかになくしていくかがサバイバルのための重要事項と言える。