甘え下手は鬱になりやすい

 さて、この『甘えの構造』がベストセラーになって以来、「甘え」や「甘えの構造」が悪い意味で使われるようになった。官民の癒着などが見つかると「甘えの構造」と断罪されるわけだ。

 ところで、前述のように忖度は共感につながるのでむしろ好ましい態度であるのと同様に、甘えというのも土居氏に言わせると、むしろ望ましいこととされる。むしろ、精神病理のうえでまずいのは「甘えられない」ことである。

 人の好意を素直に信じられなかったり、それに拒絶的だったりするから、すねたり、ふてくされたりするし、被害者意識が強まってしまう。実際、人に頼れず、自分で背負いこんでしまうような人(たとえば介護や仕事など)や、他人に遠慮して愚痴を言えないような人が鬱になりやすいのは、精神科医なら誰でも感じることだろう。

 当初、「甘え」の心理は日本特有のものと考えられたが、日本人でなくても、暑い中、頼んでもいないのに冷たい水が出てくればうれしいように、自分の心理ニーズを満たしてほしいという心性を持つのは万人共通のものだ、という認識が広がってきている。

 晩年になって、土居先生の「甘え」理論は国際的に再評価され、日本人の打ち出した概念として初めて、国際精神分析学会のシンポジウムのテーマにもなっている。

 フロイトの時代は禁欲原則といって、精神分析家が好意から患者の心理ニーズを満たしてあげるのは望ましくない(つい、そうしてあげたくなるのに我慢するので、禁欲原則というわけだ)と禁じられていた。しかし、コフートは患者の心理ニーズを満たすことが治療的だと主張し、近年ではアメリカ精神分析学界の主流派となっている。

 サバイバルのための思考法という点では、甘えも忖度も精神科医として大いに勧めたいものであることは確かだ。