ある一定の地位を持つ人や芸能人などの場合、無名の人となって同じ依存症を持つ人のこの手のグループに入ることに抵抗が強い人が多い。だから、余計に治療が困難になる。そこを開き直ることができれば、依存症の回復の可能性は、はるかに高まるのだ。

 この事件へのコメントで、「復帰するまで待っている」というような仲間の優しい言葉に、「甘やかすことになる」という批判があったが、素直に人に甘えられないからアルコールに走るのであって、泣き言が言えれば、はるかに依存症に陥りにくくなるという本質が理解されていない。また将来の望みがなければ、依存症の回復をより難しくする。

  米国のジョージ・W・ブッシュ氏は40代で依存症から立ち直って大統領にまで上り詰めた。

 依存症だってきちんと治療を受けたら治るし、その後、むしろ一皮むけて、さらに上も目指せるという啓蒙が忘れられ、人格攻撃のような報道が続くのは残念でならない。

依存症社会をつくる日本の土壌

 依存症が病気とみなされず、個人の意志の弱さが原因であると片づけられるため、治療を受けようとする人がなかなか増えないし、治療機関も整備されない。これだけでも、日本で依存症になる人には悲劇なのだが、意志の問題と思われる分だけ、依存性の高いもの(アルコールやスマホゲームなど)が放置され、逆に宣伝が平気で行われるため、 依存症に陥るリスクが増えるし、また依存症から脱するためにその物質や行為をやめている人への誘惑も多い。

 たとえばアルコールについては、世界保健機関(WHO)が2010年の総会で「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」を採択し、その中でアルコールの広告規制について各国政府に要望しているのに、日本のテレビ局はCMの規制には消極的だ。飲酒死亡事故については鬼の首を取ったように報じていながら、アルコールにまつわる自殺が年5000人以上、アルコールで体を壊して亡くなる方が年5万人(世界では250万人)も出ているというのに、人命よりスポンサーが大切なのかと疑いたくなる。