春はメンタルヘルスのためには大切な時期である。
日本では、新入学や新入社の時期であり、新しい環境への適応がすんなりいかないことも珍しくないし、人間関係への不安もあるだろう。それがストレスになる人は少なくない。またそのために転居することがあれば、それがさらに適応を難しくすることもあるだろう。新入学や新入社の人でなくても、学年変わり、年度変わりの時期でもあるため、異動やクラス替えなど、やはりその適応が困難になるだろう。
日本では、新入学や新入社の時期であり、新しい環境への適応がすんなりいかないことも珍しくない。ストレスをためないための思考パターンとは?(画像=Shojiro Ishihara-123RF)
4月の新入学、新入社、異動などの時期に精神的な不調を来す人だけではない。それから約1カ月ほどたって、少し落ち着いた頃、職場やクラスの新しい環境に慣れた頃に無気力や抑うつ気分などの症状が現れることも少なくない。これがいわゆる五月病である。
今回は、春を迎えるにあたってメンタルヘルスの不調をどのように予防し、どのように対応するかについて考えてみたい。
若い人、軽い病の人は薬が効きにくい
精神医療の発達した昨今、この手の不調があれば精神科や心療内科の医者に行けばよいと考える人も増えてきた。これは、基本的に歓迎すべき考え方で、特にうつ病は長期間にわたる神経伝達物質の異常が脳の神経細胞に悪影響を与えることは知られているため、早期発見、早期治療が望ましいとされている。
現実に、2006年の自殺対策基本法の施行後、「お父さん、眠れてる?」のポスターなどで、うつ病の早期発見について啓蒙(けいもう)を重ねたところ、年間3万3000人近くいた自殺者を、現在は年間で1万人以上減らすことに成功している。
ただ、最近は軽症うつ病、あるいは若年者のうつ病に関しては薬物療法に慎重な意見が出てきている。例えば、ある種の抗うつ剤がかえって自殺率を高めることが明らかになったり、アクチベーション・シンドロームという奇妙な副作用が問題になったからだ。このアクチベーション・シンドロームというのは、イライラや不安感が高まったり、躁状態になったりするというもの。死にたい気分の人に奇妙な高揚感が生じ、ひどい場合は多くの人を道連れにしたいという欲求が生じる。
実際、池田小学校事件や秋葉原事件、コロンバインの乱射事件などで、犯人がこの薬を飲んでいたことが明らかにされている。また、軽症うつ病に関しては、薬単独での有効性のエビデンスが十分でないことから、うつ病学会のガイドラインでも「安易に薬物療法を行うことは厳に慎まなければならない」とされている。
また、若年者に関しては厚生労働省が、24歳以下の患者の場合は自殺関連行動が増えることや、17歳以下では有効性が確認できなかったという喚起文書も出している。
ということで、少なくとも国際的には(日本でも心ある医者は)、軽症や若年者のうつ病には、薬よりカウンセリング的な治療がトレンドとなっている。
そのトレンドの中で、最も有効性が確認されたものとして、アメリカの保険会社や日本の厚生労働省が保険適用にしている治療法に認知療法がある。
うつ病になると悲観的になるが、その悲観がよけいにうつを悪くする。そこで、ペンシルバニア大学のアーロン・ベックという精神科医がその悲観に根拠がないことを患者に分からせ、悲観的な認知を変えていくと、逆にうつがよくなることを発見させる治療を始めた。それまでは、悲観はうつ病の症状なので、もとの病気であるうつを治さないと、症状に働きかけても意味がないと考えられていた。肺炎で熱が出ている人に、熱冷ましを出しても意味がなく、肺炎のほうを抗生物質で治すのが本質的な治療というのと同じことである。ところが、症状に働きかけてもうつが治るのである。
その後は、うつ病のきっかけになるのもうつ病を悪化させるのも不適応思考のせいだと考えられるようになった。例えば、味方でなければ敵という二分割思考を持つ人は、味方だと思っていた人がちょっと批判するだけで敵になったと思ってしまうので、落ち込みやすい。またうつが少し良くなっても、完全に治らないと治ったと思えないので、なかなかうつが改善しない。そういう際に、二分割思考を修正していければうつの予防にもなるし、治療にもなるという考え方だ。
不適応思考を知り、修正するというメンタルヘルス法
この認知療法の良いところは、うつの治療としてだけでなく、予防として使えることだ。さらにいいのは、本を読んだりワークブックを使うことで、医者や専門家に頼らなくてもセルフヘルプが可能なことである。
要するに自分の不適応な思考パターンに気付き、これを修正していければ、うつ病になりにくくなるし、うつになった際も重症化しにくい。
ベックの弟子にあたるフリーマンという認知療法家は12個の不適応思考を挙げている。
前述の物事を白か黒か、敵か味方か、正義の味方が悪人かという二分割で考える二分割思考はその代表例である。こういう際に、味方でも批判をすることがある(完全な味方などいない)とか、白と黒の間にグレーを想定し、この人は8割は味方だが2割は敵のところもあるというふうに考えられれば、柔軟な判断ができ、また味方が批判しても必要以上に落ち込むことはなくなる。
そのほか、相手の心を勝手に決めつける「読心」、将来を勝手に決めつける「占い」、相手のいい側面や悪い側面を見ると、その人が全部いい人に見えたり、全部悪い人に思えたりする「過度な一般化」など、テレビの論調を観ていると、よくある思考パターンが不適応思考に数えられている。
その中で、認知療法の世界だけでなく、森田療法の世界でも心に悪い思考パターンだと考えられているのが、「かくあるべしshould思考」である。
新入社員や、まだ慣れない職場で、「任された以上一人でやり遂げないといけない」「納期は絶対に守らないといけない」などと考えていると、人に頼ることができなかったり、延々と残業をしてメンタルヘルスを害してしまう。
こういう思考パターンが強いと気付いたら、「素直に人に頼っていいんだ」「慣れないうちは素直に、『できません、どうすればいいんでしょう?』と泣きついてもいいんだ」と思えるだろう。そういうふうに思考パターンを変えていくことができれば、必要以上に落ち込むこともなくなるはずだ。
こんなことをすれば嫌われると決めつけて、そうすることを避けたり、発言をする前から相手の反応を決めつけるのも「読心」という不適応思考に当たる。
自分の思考グセを知ってまずいものを治すというのは、新入社員や異動の後でなくても、将来にわたって使える心の健康法なのである。
心にいい、頭の良くなる考え方を身に着ける
「不適応思考を改めよ」と言っても、染みついてしまったものはなかなか難しい。そこで私が提唱しているのが、代わりの思考パターンを身に着けろというものである。
例えば、「かくあるべし」思考が強い人が、「少し人に頼っていい」とか、「翌日に持ち越せるものは持ち越していい」と言われても、なかなかすんなりとは受け入れられない。要するに自分の考える「正解」が正しいと思い過ぎて、相手の言う「正解」が受け入れられないのだ。その際に、「頼ってはいけない」→「頼っていい」といきなり考えを変えるのではなく、「頼っていいかもしれない」と一つクッションを置いてみる。「頼っていい」なら「そうはいかない」となってしまいかねないが、「頼っていい可能性もあるよね」と言われれば「その可能性はゼロ」とは言いにくいだろう。
いろいろなことに「かくあるべし」と答えを決めつけるのでなく、「その可能性もある」「そうかもしれない」とほかの可能性も考えることはメンタルヘルスに良いだけでなく、判断が妥当なものとなりやすいはずだ。
答えが一つと思っている人は無用なあつれきを生じやすく、しかもその答えが後で違っていたと分かった時に精神的なダメージを受けやすい。南京大虐殺があったかなかったかとか、メタボは体に悪いとかそういうことに正解を求めても、将来、新しい説が出てきて、常識が変わる可能性もある。様々な異論を読んだ際に、「それもあり」と素直に受け入れられるほうが柔軟だろうし、将来も慌てるリスクが小さくなるだろう。
過去事例や、経験、あるいは、既存の知識から、新しい企画や発案が受け入れられない人もいる。しかし、このままでは業績は悪化の一途ということであれば、自分のサバイバルにかかわってくるだろう。こういう際に、「やってみなければ分からない」と思えるかどうかで局面は変わる。現実に、現在ほとんどの国で、生産が過剰で消費が不足しているという、人類がおよそ経験したことのない事態に直面している。生産性を上げることが至上課題だったのに、それをするともっと豊作貧乏のようになりかねない。いろいろなアイデアを一笑に付すより、「やってみなければ分からない」という発想を身に着けたい。
「完全主義」というのもメンタルヘルスに悪い。これに二分割思考がくっつくと、100点でなければ全部不合格ということになるから、99点でも満足できない、どころか、落ち込みの原因になる。各々の事項で、このくらいできたら合格というラインを設定し、それをクリアできればいいと思えればメンタル的にも楽になれるし、何より仕事が速くなる。
このように現代に適応した思考パターンを身に着けることができれば、メンタルヘルスを害するリスクも低減できるし、より時代や状況の変化に対応しやすいだろう。
精神科医の立場から、よりメンタルヘルスに良く、現代に適応的な思考パターンを提示するために『「こうあるべき」をやめなさい』(大和書房)という本を書いた。参考にしていただけると幸いである。
本格的に暖かくなり春も本格化、新年度の始まりです。この4月も、多くの学生が新入社員として羽ばたきます。大きな夢を抱きながら社会人としてスタートする一方で、同じぐらいに大きな不安を持っているはずです。そのような不安を少しでも解消すべく、NBOのコラムニストの皆様に、メッセージをいただきました。新入社員時代はどのようなアドバイスが身に染みたのか、そしてどのような心構えを持っているべきなのか――先輩の言葉をまとめました。
(「新入社員に送る言葉」記事一覧はこちらから)
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