まだまだ低くない日本庶民の道徳レベル

 私は日本人が道徳教育が必要なほど、「道」が廃っているとは思わない。

 前述のように私は老年精神科医として、親の介護に義務感を持ち過ぎている人を多く見てきた。もちろん、それで日本人全体の傾向を論じることはできないだろうが、介護うつや介護離職などの数をみても、親への孝養という道徳観にとらわれている人は相当多いはずだ。

 また、安倍内閣になり、失業率は下がっているが、非正規雇用率や相対貧困率が高まり、日本が格差社会化しているのは確かだろう。多くの国で、格差の拡大は犯罪の増加につながる。しかし日本では、2003年くらいから強盗、傷害、殺人などの刑事事件はおおむね減少のトレンドにあり、殺人事件にいたっては年間1000件を切るようになっている。

 日本では物を置き忘れても返ってくるのでびっくりしたと、何回も外国人に言われたことがあるが、そういう点でも、少なくとも諸外国と比べたら道徳的なのだろう。東日本大震災の際の助け合いと言い、火事場泥棒のようなものの少なさと言い、むしろ世界の道徳の見本のように言われたのだ。

 道徳というのは、人の「道」を説く、教え込むということと、人間としての「徳」を分からせていくという側面があるという。「徳」が分かっていないと強い者勝ちになるし、ろくでもない人間が為政者になるから、民主主義社会では為政者だけでなく一般の人も「徳」を知る価値は高いだろう。

第二次世界大戦から従軍しなくなった日本の名家

 言い古されてはいるが、日本ではあまり流行らない言葉に「ノブレス・オブリージュ」という言葉がある。「高貴さは(義務を)強制する」というのが語源らしいが、社会的地位があるなら、それに対する責任が生じるという意味で用いられる。

 イギリスではこの考え方が浸透していて、第一次世界大戦では貴族の子弟に戦死者が多かったし、1980年代のフォークランド紛争でもアンドリュー王子が従軍している。アメリカでも大統領が徴兵逃れをしていたというと、それがすぐに批判の対象になる。

 日本の場合、日露戦争くらいまでは皇族まで従軍していたのだが、第二次世界大戦ではごく一部の例外を除くと内地勤務だった。それどころか、名門や高級官僚の家族も死なないような場所にしか派兵されなかったようだ。

 中国の場合は、徳があるものが国を治めるという建前があって、ある帝政を倒すときの大義名分は徳がなくなったことだという話を井沢元彦さんから聞いたことがある。徳があるから天下を治めることができるのに、政治が乱れると逆に、天下を取ることで徳があると認められるという勝ち組に都合のいいロジックが横行するのだが、ある程度以上、帝政が暴走しないための縛りにはなっていたようだ。

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