法に触れなければ、道徳を教えていい?

 以前、道徳の教科化を安倍首相とともに推進していた下村という元文部科学大臣がいたが、この人の後援会が無届けの政治団体として政治活動を行っていたり、不正な寄付を集めていることが問題になった。下村氏は、「法に触れるものでない」「事務方のミス」としたり、取材を受けないように支援団体にメールを送ったことが発覚した際も、事実関係を認めたうえで、「私が指示したものでない」と弁明した。

 この一連の事件については、東京地検が政治資金規正法違反罪の告発状を受理したが、不起訴になっており、法的には問題ないことになったのだろう。ただ、法に触れなければ、道義的に問題があっても許されるというのであれば、道徳教育は必要ないということになる。この大臣は内閣改造で退任する形になったが、「法には触れなくても、部下や支援団体の監督者でもあり、国民に嫌疑を受けるようなことをしたのは事実なので、道徳教育の責任者として、大臣の職を辞します」とでも言えれば、道徳教育に対する信頼が増したかもしれない。

 今回の森友学園の事件でも、国有地の払い下げや学校の認可などに政治的介入や金銭問題がからんでいるかどうかは分からない。ただ、うかつにも首相夫人を名誉校長として名前を貸したのは事実なのだし、夫も学校の方針を支持することを示すビデオが残っているのだから、役人がなんらかの忖度(そんたく)をしたと考えても不思議はないだろう。少なくとも道徳教育が必要だと日ごろ主張している人なのだから、道義的な責任について首相が何らかの言及をすべきだろう。

 また、この学校の理事長にしても、建築費の二重申請やごみ処理にまつわる疑惑を見る限り、道徳を教えるものとして、果たすべき責任はあるはずだ。

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