最近の北朝鮮情勢はめまぐるしい。
平昌オリンピックを機に韓国と急接近をし、その後、平壌で国家安保室長の鄭義溶氏や国家情報院長の徐勲氏が率いる韓国特命使節団による金正恩氏との会談を経て、4月に南北首脳会談が実現すると発表された。この際、金氏は自国の安全が保障されれば核を持つ理由がないと語ったり、南北合同軍事演習の容認まで口に出したという。
北朝鮮による核ミサイルの保有を巡り、米国では対話路線と強硬路線が交錯している。(写真=KCNA/UPI/アフロ)
さらに韓国の特使はアメリカに出向き、金氏による米朝首脳会談の意思を伝えると、なんとトランプ氏はそれを受けた。
これに対して、日本はトランプ氏のフライングを避けるために河野外相がアメリカに出向いて調整を行う予定だったのに、その会合相手になるはずだったティラーソン国務長官が電撃解任されてしまった。
そして、後任にはポンペオCIA長官が就任することが発表されたが、北朝鮮対話派のティラーソン氏と違い、北朝鮮強硬派とされる人物である。
アメリカも北朝鮮も真意がまったく見えない中、日本は蚊帳の外に置かれているとされているのが現状だ。
蚊帳の外より問題はシミュレーションのなさ
確かに日本が蚊帳の外に置かれることで、仮に非核化が決まったとしても、拉致問題が置き去りにされる危険は小さくない。
アメリカにしても自国の国益を考えると、北にミサイルと核を放棄させれば目的が達せられるし、国境が接する韓国も、その暴発を抑えることが一番の関心事だ。実際、北朝鮮有事の危険が残る限り、韓国への投資も手控えられかねないから、安全保障だけでなく、経済的にも重大な懸案事だ。アメリカや韓国が、日本の拉致問題をついでに取り上げてくれると考えるほうが甘いのかもしれない。
ただ、このような「蚊帳の外」に置かれること以上に、日本のサバイバルにとって重要なのは、今後についてきちんとしたシミュレーションがないことだと私は考えている。
今回、米朝会談を前に強硬派のポンペオ氏を指名したように、アメリカは対話路線と強硬路線の両方のシナリオを用意しているようだ。「すぐに退席するかもしれないし、最高の取り引きをするかもしれない」と明言している。
北朝鮮のほうも2月21日の段階では、「対話と戦争、両方に向けて十分な準備ができている」と発表している。
要するに、合意と対決継続の両方のシナリオが用意されているということだろう。日本のように圧力一辺倒という単純思考(認知科学の上では「この道しかない」というのが不適応思考と考えられていることは何回か触れたとおりだ)ではないのだ。
もちろん米朝首脳会談が、どちらかの思惑でドタキャンになる可能性だって残されている。
仮に決別という話になれば、それこそトランプは軍事オプションという選択をするかもしれないし、その際に、日本も韓国もどの程度のとばっちりを食うかは分からない。
北朝鮮が勝つことはないだろうが、金正恩が殺されたとしても、終戦を認めない可能性もある。内戦状態が長く続くことは、今以上に日本にとっても危険な状態なのは間違いないだろう。
仮に北朝鮮が負けを認め、終戦になったとしても、その間に韓国経済が大混乱したり、イラク戦争後のイラクのようにゲリラ戦争が続く可能性も残されているし、麻生蔵相が問題にしたように武装難民が押しかけてくるかもしれない。韓国内では、旧百済と新羅の間で長らく差別が続いた。旧北朝鮮の人が差別を恐れて、朝鮮総連の親戚などを頼って、武装していない難民が日本に押しかけてくる可能性もある。韓国と北朝鮮が併合されれば、彼らは韓国のパスポートを持つことになるから日本に簡単に入ってきてしまう。財産を全く持っていない人たちだから、治安問題にも当然発展するだろう。
米国との対話の決別は北朝鮮の崩壊を早めるかもしれないが、その分、大混乱が早く訪れるかもしれない。しかし日本では、その準備の声はほとんどといっていいほど聞こえてこない。
韓国のほうは、混乱を避けるために全力を尽くしているように見えるが、日本にその準備があるようにはどうしても感じられない。
北朝鮮が正常化するシナリオのリスクは?
ただ、北朝鮮、あるいは金正恩の急激な軟化を見る限り、北朝鮮が核の放棄も含めて、かなりの妥協をして、制裁解除や米朝国交正常化にこぎつける可能性だってなくはない。
これについての準備については、私の見るところ皆無に近い。
もちろん、これによって、拉致問題が解決するなど、日本にとってもハッピーなことが生じるかもしれない。
アメリカが北朝鮮も普通の国と見なしたとたんに、北朝鮮が日本にいろいろな要求をしてくる可能性だってある。韓国が従軍慰安婦問題を言い続けるように、北だって、それを言い回してアメリカで被害者面をするかもしれない。韓国と違って、戦時賠償が済んでいないので、それを要求してきて、国家の立て直しに使おうとするかもしれない。アメリカに圧力をかけられれば、それを飲まざるを得ないことだってあり得るだろう。
中国通の外交評論家の冨坂聡氏によると、中国は核を持つことで自国の安全が保障されてから、経済発展優先の政治に一気に舵を切ったそうだ。
北朝鮮が中国のまねをして、急激に経済優先路線に舵を切る可能性もなくはない。
そうなった際に、アメリカや中国、韓国などは真っ先に北朝鮮を利用するのではないかというのが私の懸念だ。
北朝鮮の賃金水準は日本の100分の1とも1000分の1ともいわれている。そのときに、フォードやGM、サムソン、GAPなどが北朝鮮に工場を作って、日本に売り浴びせてきたら、昔のようにアジア製を安物と思わず、安いものを喜んで買うようになった日本国民が飛びつく可能性だってある。
以前、ソ連の崩壊を予想した小室直樹氏が指摘していたことだが、ソ連がなくなってからアメリカは資本主義の世界では日本の敵になるのだから、軍事同盟を結んでいても経済の上では日本の困るようなことはいくらでもしてくる可能性はあるのだ。
かつてベトナムが経済優先路線に舵を切った際に、日本は、社会主義国への警戒なのかアメリカへの忖度なのかは知らないが、ベトナムへの経済進出が大幅に出遅れた過去を持つ。もちろん、アメリカは旧宗主国のフランスと並んでベトナムに投資していた。
ベトナムは東南アジアで最も勤勉な国民性だとされているのに、近隣のタイなどの10分の1くらいの人件費だったから、圧倒的にコストパフォーマンスが良かった。北朝鮮の人たちも飢えが脳の発達に悪影響を与えているかもしれないし、世界基準の良質な教育を受けていない可能性もあるが、もともとの民族性を考えるとベトナム以上の優秀な労働力になるかもしれない。
それをかつてのベトナムの時のようなバイアスで上手に利用できないとすれば、日本のサバイバルに大きな影響を与えるだろう。
北朝鮮がまともな国になる可能性がゼロでなくなった以上、そのときの準備も必要だと思えてならない。
分からないからこそ、なるべく多くの仮説を
ここまでの話を聞いて、たらればの話が多過ぎるとか、夢想と思われたかもしれない。私もそれは否定しない。ただ、この手のことが起こる可能性は少なくともゼロではないと思っている。
そもそも金正恩という人物をどれだけ知っているというのか? 北朝鮮の専門家と称する人間が、誰一人として、金正日の後継を当てられなかったのは厳然たる事実である。
生年月日だって発表されていないし、私の知る専門家によると、北朝鮮が公式に金正恩が金正日の三男だと発表したことはないそうだ(その人は金日成の隠し子説を唱えていた。確かにそうであれば、儒教国家で兄弟を超えて国のトップになることや、兄を殺しても国内で問題にならないことにも辻つまが合う)。
経歴上は、長らくスイスに留学していたことになっており、これが事実なら、実は解放論者であってもおかしくはない(恥ずかしながら私はこの経歴は作り話で、軍部がかいらいとして担ぎ上げた人物だと信じていた――もちろん今でもその可能性は残るが)。ミサイルも核も単なるポーズで、アメリカと会談をするための道具だった可能性がゼロでないということだ。
しょっちゅうテレビで見かけるから勝手に分かった気になっているだけで、これほど謎の多い人物は世界中の首脳の中でも珍しい。
私が言いたいのは、相手のことをよく知らないし、北朝鮮の内部に入れない以上、金正恩の人物像やパーソナリティについては、誰の言うことも想像に過ぎないということだ。日本のメディアや政治家は、金正恩がゴリゴリの軍事主義者の独裁者と決めてかかっているが、少なくともほかの可能性もある。
私の話はたらればの話で、もちろん正解だと主張するつもりはない。むしろいろいろな考え方の一例のつもりで提示しただけで、ほかにもっとたくさんの可能性があるというのが私の立場だ。
マスメディアが無責任は発言をしても仕方ないかもしれないが、国のかじ取りをする人間にはなるべく様々な可能性を想定して、それぞれに対して対策を考えられるようにしてほしいというのが、日本のサバイバルに対する私の願いだ。少なくともそのほうが心理学の立場からすると健全な思考パターンなのである。
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