前回のコラムで話題にした映画がようやく撮り終わった。そのときに痛感したのは、日本というのは映画を撮るのに本当に恵まれない国だということだ。
代々木公園で撮影していた際も、撮影許可をとっていたのに、スタッフの数やエキストラの数が申請より少し多かったということで、警備員がすっ飛んでくる。ロケバスも邪魔にならないところに停め、運転手が乗っているのにもかかわらず、警察に蹴散らされる。そうでなくても、日本映画が落ち目であるのに、これではもっと衰退するのも仕方ない。(この手の心配をしなくていいアニメは元気なようだが)
自国PRに有効な映画にもっと予算を
日本の映画の振興予算は、海外で人気のコンテンツなどを国内外に発信する「クールジャパン政策」から約40億円(もっと少ないかもしれない)、文化庁から20億円(これが政策が変わっても確保できる予算とみてよい)。合わせて、多く見積もっても年間60億円に過ぎない。これに対して、フランスの映画行政を管轄する国立映画センター(CNC)が、毎年映画のために支出する資金は年間で約800億円。一方、隣の韓国にある韓国映画振興委員会(KOFIC)におけるそれは400億円とされる。
良きにつけ悪しきにつけ、映画というのは自国のPRには非常に有効なものである。フランスは自国の文化の香りを伝えることで、日本の約2倍である500億ドル近くの観光収入を得ている(GDP比を考えれば、はるかに多いことが分かる)。韓国にしても、映画を通じて発展途上国イメージを払しょくして、それが液晶モニターやスマホ、そして自動車の売り上げ増に貢献しているのではないだろうか。日本はもともとイメージがいいから、そんな必要がないと油断していると、観光収入が頭打ちになったり、韓国製品にイメージで負けかねない。
トランプ対策は米地方新聞でのPRから
安倍首相とトランプ大統領の直接の会談で、安倍首相は異例の厚遇を受け、今後も継続的に会談を行うことが確認された。これによって安倍氏の支持率も上昇している。私が見るところ、トランプという人は、非常に自分をよく見せることがうまい人だ。トヨタ自動車を含め、いろいろな会社に過激な発言を行ったり、要求を行い、結果的に譲歩を引き出し、米国人の雇用が増えたように見せるという常とう手段を行っている。
失業率が上がったり、トランプ人気にかげりが出るたびに、安倍氏なり外務大臣なり、経産大臣などが呼びつけられ、その場で譲歩を勝ち取り、それを大々的にトランプの人気取りに使われるのではないかが心配だ。
米国に進出している日本メーカーなどの動きを見ていても、自らの正当性のアピールが少な過ぎるのではないか? 日本企業がどれだけの雇用を生んでいるか。日本は不公正な関税を取っていないし、アメリカ車が売れないだけで、ヨーロッパ車は売り上げを増やしているなどと日本国内で報じられることが多いが、米国人にそれを知ってもらう努力が足りないようにしか思えない。
米国進出企業は、地道に現地の新聞などで意見広告を出し続けて、日本が雇用を生むことをPRすることが大切だ。(写真:©adrianhancu-123RF)
インテリ層が読むニューヨークタイムズやウォールストリートジャーナルだけでなく、地方に行くと人口5万人くらいの都市でも、一紙独占のような地方新聞がたくさんある。それを購読すると、広告にクーポンがついてきて、安くものが買えるから、意外に地方では新聞離れが起きていない(ある程度は起きているが)。決して広告料も高くないから、地道にそういう新聞に意見広告を出し続けて、日本が雇用を生むことがあっても奪うことがないとPRすることが大切だろう。
従軍慰安婦問題にしても、朝日新聞の誤報が判明した際の対応は見ていて情けなかった。日本国内では朝日叩きに終始していたが、これが誤報であったというPRを肝心の海外でやっていない。だから、誤報であることが分かっても、ほとんど日本のイメージが改善していない。
米国で従軍慰安婦問題をこれだけ人々が注目するようになったのは、韓国がデモ活動をずっと続けてきただけでなく、同国のお金持ちが寄付をし、地道に米国の新聞に意見広告を出し続けたからだという話を聞いたことがある。少なくとも、一朝一夕で米国の世論を味方につけたわけではない。こうした可能性も想定し、韓国の言いがかりと怒る前に、日本の金持ちも米国でのPRにお金を出すべきだろう。
戦前の日本は自国宣伝が巧みだった
歴史をひもとくと、日本はけっして自国PRの下手な国ではなく、戦前はむしろ最先端の自国宣伝国家だったという見方もある。戦前の陸軍中野学校出身のスパイというのは、情報を取るという標準的な活動だけでなく、当時はまだ珍しい情報操作までもできた優秀なスパイ集団だったという。イギリスやフランスの占領政策に不満を持つ東南アジア諸国の大衆にあの手この手で情報操作を行い、日本軍が攻めてくると大衆が歓迎し、それによってシンガポールまでをあっという間に落としたというのだ。
ついでに言うと、当時は、映画も現地大衆を親日派にするための道具に使われた。甘粕事件で大杉栄らを殺害した甘粕正彦はのちに満州にわたり、特殊部隊で諜報活動を覚えた後、満州映画協会(満映)の理事長になる。李香蘭を看板スターとし、満州人を親日的にしていくことに一役買った。
戦争に負けてからは、陸軍中野学校の出身者の活躍は別のところに引き継がれる。米国は諸外国を親米的にするために陸軍中野学校のノウハウを参考にしたとされるし、韓国や北朝鮮ではそのまま軍隊のエリートとして残った。彼らは恐らく、日本でかなりの情報操作を行ったのではないだろうか。北朝鮮の情報機関の人間は、当時の日本のマスコミに取り入り、在日朝鮮人に帰国を促す目的ではあったものの、日本人にも北朝鮮が「地上の楽園」であるというイメージを植え付けた。
韓国でも、反北朝鮮の世論形成に情報機関が関わっているだろう。例えば、大韓航空機撃墜事件の自作自演説というものがある。確かにひどい事件だが、乗客はほとんどが出稼ぎ労働者であり韓国の要人が乗っていなかったこと。自殺した実行犯が、わざわざ日本で一度捕まって足がつきそうな人だったこと。金賢姫がすぐに特赦され、むしろ厚遇されていることなど、確かに謎が多い。当時は、ソウルオリンピックの競技の一部を北朝鮮で開催しようとする機運があったが、この事件でそれはなくなった。私はやはり韓国の情報操作を疑うが、そう考えるのは北朝鮮による情報操作の影響かもしれない。
スーパーチューズデーの対象州から米国攻略を
日本は軍隊が自衛隊になる過程で、陸軍中野学校の残党を雇うことはなかったが、総合商社に入り込んだ人は多かったそうだ。そういう人たちは、まずその国で親日感情を醸成してから日本製品を売る。だから、現地ビジネスがうまくいった、という話を聞いたことがある。確かに私が知る範囲でも、商社が進出している国では親日感情が強い。
少なくともルーツを見る限り、日本人は決して情報操作が下手な国ではないのだから、自信を持ち、もっとその能力を生かすべきだろう。日本外交にしても、共産主義の崩壊後は、ロシアも含めて、選挙で首脳を選ぶ(中国でさえ人気がないと次のトップになれないという)のだから、親日感情の醸成は外交上大きなアドバンスを生む。
トランプはラストベルトを制することで大統領選を制したわけだが、選挙の大勢を決めると言われるスーパーチューズデーに選挙が行われる諸州の人口は決して多くない、私もカンザスという田舎の州に留学していたが、当時の人口は200万人ちょっとだった。そういう州では日本が工場進出をするだけで一気に親日的になる。
日本企業は今は東海岸や西海岸に進出することが多いが、それをこれらの州に移せば日本の影響力ははるかに増すだろう。トヨタ自動車にせよ、カリフォルニアからテキサスに拠点を移すようだが、もっと人口が少なくてスーパーチューズデーの対象の州に移れば、その周りに部品メーカーも進出してくることも含めて、確実に親日州ができたはずだ。
単に首相が外遊して金をばらまくより、宣伝活動であれ、工場進出であれ、どうすればその国を親日的にできるかを考えるほうがコストパフォーマンスがいいだろう。
もちろん、ビジネスマンのサバイバルにとっても、これはヒントになる。要するに交渉事を成功させたり、自分のアイデアを通すためには、根回しが大切だし、それ以上に社内世論(相手の会社も含め)を喚起できたり、自分のギャラリーを味方につけることができれば圧倒的に有利だ。
情報操作はいけないことではなく、人間が心理学的な生き物である以上、いいイメージを植え付けたほうが交渉事はうまくいくことを知っておいて損はない。心理学の研究でも、第一印象が相手の判断に大きな影響を与えることは明らかにされている。
交渉術を磨くことも、企画をよりよいものにすることも大切だが、相手も心理的な生き物だということを肝に銘じて、別の角度の準備を忘れないようにしたいものだ。
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