「感情的」と見られる4つのパターンとは?

 ということで、私は、感情を発散すること(例えば怒ること)と感情的であることは違うと考えている。

 私の考える「感情的(になる)」というのは、おおむね以下の4つのパターンである。

 一つ目は、感情が(不適応)言動に直結してしまう場合だ。

 腹を立てること自体は、良いかどうかは別として、自然な人間の心理である。しかし、その感情の赴くままに、暴力を振るったり、暴言を吐いたりするのは、明らかに「感情的」と言える。

 二つ目は、感情を抑えているつもりでも、外に漏れ出してしまうようなケースだ。

 本人は怒り感情を抑えているつもりでも、仏頂面だったり、人からの呼びかけに返事もしないという態度を取っていると、周囲を不快にさせるし、自分を嫌う人や敬遠する人を増やすだけだ。私の見るところ、悪い忖度を招く人というのはこういう人なのかもしれない。相手を喜ばすようなことをしないと、明らかに不機嫌になるのでは、その人に悪い情報を上げようと思わないだろうし、多少ずるいことをしても、その人を喜ばせておけば無難ということになるからだ。

 三つ目は、ある感情に囚われてしまって、その感情がエスカレートしていくようなケースだ。

 例えば、怒りの感情が湧いても、どこかで発散するとか愚痴を聞いてもらうなどすると、比較的すんなりと治まることが多い。しかし、自分の怒らせた相手やエピソードのことばかり考えていると、その怒りがどんどんエスカレートしていき、恨みのようになっていく。怨恨による殺人事件などはこのようなパターンが多いだろう。不安な時に、不安の種ばかり考えていると、それもエスカレートして、最後はパニック発作のようになってしまうこともある。

 しかし、この手のことは、自分でもまずいと気付いていることが多い。自分で感情的であると気づけない上に、実害が大きいのが、感情に判断や思考が歪められたり、支配されたりする4つ目のパターンだ。

 不安になると、普段とは違う思考や行動を取る人は珍しくない。振り込め詐欺に引っかかる人は、「自分の息子が会社の金の使い込みをした」「痴漢をした」とか言われて、表ざたになる、首になる不安からお金を差し出してしまう。頭のいい人でも不安になると、とんでもない判断をする。株主からの突き上げが不安で、学歴も高く、それまで成功を重ねてきたような経営トップが不正な会計処理に手を染めたり、それを許したりするのがその例だ。