白黒をつけず、グレーの程度でものを見る

 同じものや人の中に良い点と悪い点を認められるようになると、認知的に成熟したと考えられる。二分割思考からの脱却法は、グレーを認めるということである。要するに、「完全な善人、完全な味方はいない」「90%はいいところがあるが10%は悪い」とか、「8割くらいは意見が合うが、2割は違う」というふうに、白黒をつけず、グレーの程度でものを見るのだ。

 そうすると同じ悪いことでも程度があるということになる。裁判の量刑をみても分かるように、同じ悪いことにもレベルがあるというのが通常の考え方だ。確かに万引きだって許してはいけないことだが、やはり殺人とはレベルが違う。

 舛添氏の報道を見て感じたことだが、確かに都知事として恥ずかしいことは多かったが贈収賄をしたわけではなく、また無駄遣いとされた金額もそれほど大きなものではない(もちろん、庶民感覚からしたら大金だろうが)。2020年の東京オリンピックでは下手をすると兆単位の無駄遣いの可能性があったことと比べると、金額が何桁も違う。

 たまたまテレビで生活保護の不正受給の問題を取り上げていた。確かに明らかに税金の無駄遣いになるものだし、4万人以上の人が法律を犯しているのは問題だが、金額の総額は170億円だ。オリンピックで使われる税金と比べると微々たるものとさえ言える。受給者の相談に乗るケースワーカーを増やせなどという話になっていたが、全国でそれをやるコストを考えたら、どちらの方が金がかかるか分からない。

 それと比べると、租税回避地(タックスヘイブン)の利用実態を示す「パナマ文書」でリークされただけでも、日本からの租税回避は55兆円とも言われている。テレビで報じられた生活保護の不正受給のケースは子供が3人もいて年収300万円(もあったと報じられていた)とか、もっと年収が低いが生活保護にあてはまらないのにもらっていたというようなケースだ。生活が苦しい人が出来心でごまかす(もちろん犯罪だが)のと、大金持ちがリッチな暮らしをしながら、その何万倍もの脱税をするのでは、白か黒かではどちらも黒だろうが、グレーの程度という点では、後者のほうがはるかに黒に近いと思えるのは私だけではないだろう。

 白か黒かではなく、白の人にも黒い部分があり、黒い人にも白い部分があるというものの見方や、白と黒の間に無数のグレーを考えられるものの見方は、少なくともメンタルヘルスにはいいし、認知的にも成熟度が高いと考えられている。

 白とみなしたり、黒とみなすのには都合のいい人間が政治の世界をにぎわせているが、それによって、自分が二分割思考に陥ったり、自分のその傾向をより強めたりしないのは、この世の中でサバイバルするために重要な思考法と言えるだろう。