運転が危険な認知症患者なら、そもそも車を動かせない

 もう一つ、痛感するのは、素人のコメンテーターが高齢者の脳機能や認知機能についてさっぱり分かっていないということだ。認知症の人に運転させると危ないということが常識のように言われているが、例えば、果たして認知症になればアクセルとブレーキを間違えるのだろうか?

 初期認知症では記憶障害が生じ、自動車でショッピングセンターに来たことを忘れて車を置いて帰ったという患者さんを私も診たことがあるが、ブレーキとアクセルが分からなくなるとすれば、相当重度な認知症である。そのレベルの認知症であれば、ウィンカーもハンドブレーキも、あるいはキーの操作でエンジンをかけることも分からなくなって、そもそも車を動かすことはほぼ不可能である。

 ブレーキとアクセルを間違えるのは、恐らくパニックを起こすからだろう。高齢者のほうがパニックになりやすいという医学的根拠は現時点ではない(前頭葉機能が衰えるので、あり得ない話ではないが)。警察が免許を取り上げる口実に使う認知機能検査による運転能力の判断は、私のような老年精神医学のプロからみて、まず役に立たない。認知機能検査でパニックの起きやすさの予想はできないし、この検査で判定する能力が落ちていたところで、ブレーキとアクセルの区別がつかなくなることはあり得ないからだ。

 つまり、認知症=事故と短絡するのは医学的に妥当でないと私は考えるが、こうした見解が紹介される機会もほとんどないように思える。

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