車を取り上げると就労率が下がり、平均寿命も低下する

 こうした素人がコメンテーターを務めることで、我々プロ(私の場合は老年精神医学)にとって困るのは、75歳以上だって1万人に一人しか起こさない死亡事故に対して、この人たちから免許を取り上げた際に生じる悪影響を語る人がいないことだ。

 高齢者から自動車の免許を取り上げると、多くの高齢者の認知機能にかなりの悪影響を及ぼしかねない。本当に認知症などになってしまった人であれば、デイサービスなどで外出できるが、そうでない場合、特に地方の高齢者は、自動車がないと外に出る手段がなくなってしまう。電車やバスが充実している大都市でも、80代以上の高齢者の場合、手押し車やカートでは電車やバスに乗りにくいという理由で、動かなくなる高齢者も多い。高齢者専門の精神科医の立場から言わせてもらうと、外出が減ることによる刺激のなさが認知機能を落としてしまうのだ。

 家の前に車がある地方の高齢者のほうが、私の見るところ、外出の機会が多い。現実に、交通の便のいい大都市より地方のほうが、平均寿命が長い地域が多いのだ。

 確かに環境の違いもあるが、意外に、平均寿命、特に男性の平均寿命との相関が高いのは、高齢者の就労率だ。沖縄などは高齢者の就労率が日本最下位のために、家事労働のある女性は平均寿命がトップクラス(それでも1位から陥落している)なのだが、男性のほうは日本の平均にも満たない。気候も食生活も、あるいは遺伝子も女性と大差がないはずなのに。

 地方のほうが歩くから、山歩きをするから平均寿命が長いと考える人もいる。長野が長寿県にランクインした際に、そのような解釈がされた。しかし、軽自動車の普及で、高齢者が歩かなくなってからのほうが、むしろ平均寿命が延びしているし、順位も上げている。ちなみに長野は高齢者の就労率はトップである。

 こうした理由から、高齢者には積極的に社会に参加してほしいのに、1万人に一人の死亡事故のために、免許を取り上げることで高齢者が家に引きこもりがちになる危険について論じられないのは残念なことだ。

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