ボランティアでの部活指導体制が限界に

 冒頭に記したように、人口が減少し、かつ高齢化していくわが国が豊かな社会であり続けるためには、新たな市場の開拓が急務であり、欧米諸国で大きなビジネスとなっているスポーツが期待されています。その流れのなかで、スポーツ庁が2015年末に設立され、わが国と外国を比べてスポーツ産業の状況を分析した結果、大学スポーツの活性化が有益な取り組みとなる可能性が高いと認識されました。

 こうした時代の要請に応えるには、解決すべき課題もあります。「善意の手弁当の限界」もその一つです。大学スポーツの指導者は、そのほとんどがOBで占められています。大別すると、①企業の厚意により勤務時間として扱ってもらっているサラリーマン、②大学教員か職員、③学生(大学院生や留年生など)、④生活のために働く必要のないヒト(オーナー社長、退職者、金持ち)の4通りでしょうか。いずれにしても、指導者であることによる金銭的対価を得ていないか、あっても交通費レベルというのが現状です。

 昨年、高校や中学において、部活動顧問の手当てが労働の対価として見合っていないという、「ブラック部活顧問」問題が大きく報道されました。そもそも、顧問の業務がなぜ事実上、義務付けられているのかという点も指摘されました。しかし、大学の運動部の指導者の待遇はそれ以下ですよ。

 従来は「好きでやっているのだから」という免罪符もありましたが、①のケースを容認する企業はほとんど絶滅し、③については大学レジャーランドの時代が終わったことで指導に時間を割ける人材が減少、④の人材も年金減少の影響で減っています。残るは「ブラック部活顧問」でも仕方ないと容認できる②の方々の善意に頼るか、あるいは④のなかで生活の心配のない方々の善意に頼るしかありません。このようにブラックな状況になっている大きな要因は、大学スポーツが課外活動という位置付けにあることと、カネを生まない世界だからです。この問題を何とかしないといけません。