昨秋からnikkei BPnetで連載していました本コラム、本年からは日経ビジネスオンラインで装い新たにスタートすることになりました。引き続き、スポーツの振興が日本の発展に寄与できると信じて、発信を続けていく所存です。よろしくお付き合いください。
さて本年第一弾のコラムでは、主に私の得意分野である野球業界の今年あるいは近未来の展望を、経済・経営の側面から俯瞰して占ってみます。既定路線の話あり、荒唐無稽な「とんでも予想」(英語でいうところの「bold prediction」)あり、さらには、ありえない「夢物語」ありで、玉石混合ですが、どうかお許しください。
まずは手堅いところからいきましょうか。
2017年のプロ野球業界はどう動く?(©Ievgen Onyshchenko-123RF)
【順当】大谷翔平は米メジャーリーグへ移籍
米プロ野球のメジャーリーグ(MLB)の新労使協定により、25歳未満の外国人選手との契約に大きな制約が設けられることになりましたから、噂されていた10年300億円などの歴史的な大型契約となる可能性はなくなりました。しかし、大谷本人がMLBでプレーすることを最優先させたい意向のようですから、大きな故障でもない限り、MLB移籍は揺るがないでしょう。あとは二刀流をどうするか。二刀流を続けるならば、指名打者制(DH)のあるアメリカンリーグしかありません。
もちろん、球団によるポスティング(入札)を受ける際に、選手が希望球団を表明することはできません。それでも、「二刀流を前提にしたい」と意思表示することは、プロ野球球団のフロントとして国際交渉に携わってきた経験からすれば、ギリギリセーフかなあ。
それにしても、北海道日本ハムファイターズの大谷翔平に関する戦略は見事としか言いいようがありません。「MLBに入団したいから日本の球団は指名を回避して欲しい」という大谷選手の希望を尊重して、他球団が指名を回避するなかで、ファイターズは敢然と1位で指名し、熱心に説得して、翻意に成功しました。一部でささやかれた密約説に対しても、入団交渉に際して使用した資料を一般に公開するなど、非常にスマートなやり方で世間を納得させたのも広報戦略のお手本です。
そして二刀流。世間は面白がりましたが、野球界は否定的でした。特に、実績の高いOBほど、否定の度合いは強かったのです。プロ野球は職人の世界ですから、その道の達人が認めない道を歩むのは大変なことです。それを見事に貫くことができたのは、本人はもちろん、現場の棟梁である栗山監督と球団フロントがぶれなかったからで、見事なマネジメントでした。
ファイターズが1年後の2017年オフに、ポスティングによる移籍を容認すると早々にアナウンスをしたのも、とても上手なマネジメントだと思いました。日本球界の宝を5年でMLBに流出させることについては、世間は喜んでも、球界からすれば産業の空洞化であり、プロ野球の価値低下を懸念する向きもあります。そんな声も、大谷が嬉しそうに球団に感謝している姿を見ていれば、薄まるというものです。
【順当】テレビとネットによる放映権の奪い合いが激しく
大谷のみならず、野球選手そして野球ファンが憧れるMLB。そのブランド力を支えているのは歴史と伝統でもありますが、何といってもマネー。新しい労使協定でその可能性はなくなりましたが、大谷との契約は10年300億円になる可能性が噂されるほど資金は潤沢で、年商は1兆円を超え、平均年俸は500万ドルです。
その隆盛を支えている原動力が、売上高の43%(推定)を占める放送権料です。録画機器のCMカット技術の進化とインターネットによる動画配信の普及によって、ドラマやバラエティなどの番組に挿入されるCMの広告効果が薄れるにつれ、放送業界がCMを見てもらいやすいスポーツのライブ中継に活路を求めた結果、その放送権料がうなぎ登りを続けてきたのが21世紀のこれまでです。実際、MLBのテレビ放送権料も倍々ゲームで、ざっと言ってこの20年で4倍以上になっています。
ところが、さらなるインターネットの進化の影響を受けて、このテレビ放送権料も少し怪しくなってきました。例えば、世界最大のスポーツ専門局ESPN。ディズニー傘下である同社の推定売上高は1兆3000億円と、フジテレビを抱える日本最大手のフジ・ メディア・ ホールディングスの倍以上です。この大巨人の売上の根幹をなしているのが、ケーブルテレビや衛星放送の配信事業者から配信世帯数に応じて支払われるマージンなのですが、いまや時代はOTT。OTTとは、Over-The-Topの略語で、インターネットで動画や音声などのコンテンツを提供する事業者のことです。NetflixやHuluなどが有名ですね。
いまアメリカでは、高額なケーブルテレビや衛星放送を解約して、こうしたOTTに鞍替えする現象(コード・カッティング~cord cutting)が顕著になっており、ケーブルテレビの躍進の申し子でもあったESPNは、その余波をまともに受けているのです。実際、ESPNの視聴世帯数は6年連続して減少しており、特に2016年には300万人が流出して8800万人になりました。2017年も少なくとも300万人以上の流出が確実と見込まれています。
さらに話を複雑にしているのが、例えばMLBでいえば「MLBAM」など、スポーツ団体が自前のOTTを既に確立していることで、米国以外の国々でも年間1万2000円ほどの加入料を払えばMLBのすべての試合をライブ観戦できるほか、アーカイブ(録画映像)や球団の戦術、選手データなどの分析ツールにアクセスできる優れものです。米国内では、ESPNなどテレビ局に販売している放送権料との絡みで、ライブで放送する試合は限定したものになっていますが、テレビ放送権料が減り出せば、それもどうなるか分かりません。
日本においても、「スポナビライブ」というOTTを持つソフトバンクが、プロバスケットボール「B.LEAGUE(Bリーグ)」の放送権を5年200億円(推定)で購入。イギリスのOTT(パフォーム・グループ)は、プロサッカー「Jリーグ」の放送権を10年2100億円で買い取るなど、その破格の権利料ともあいまって、OTTの存在感が高まっています。
スポーツ団体にとって、放送権の扱いは、その命運を左右するビジネスの肝です。権利料も重要、ファンが容易にコンテンツへアクセスできるようにすることも重要。スポーツ団体が、どのような経営判断を下すのか? テレビ局、OTTなど各メディア入り乱れてのバトルロイヤルが、どのように展開していくか要注目です。
さて、野球絡みでもうひとつ。これは、とんでも予想の部類に入ると思いますが・・・
【大穴】高校野球で女子選手が誕生か?
日本高等学校野球連盟(高野連)が今春から、甲子園練習で女子部員が補助として参加することを、ヘルメット着用などの制限付きで認めました。昨夏の大会での練習時、本塁近くでノックの球を渡していた女子マネジャーを大会本部が制止したことに対し、疑問の声が殺到したのを受けてのことと考えていいでしょう。
しかし、市井の声は「これでは十分ではない」というのが多勢で、「そもそもなぜ高校野球(春、夏の甲子園)では女子選手の参加が認められていないのか」との声もしきりに聞こえてきます。
「体力差があり危険だから」という高校球界の通説は、時速150kmですっ飛んでくる石のような硬さのボールを打ったり、捕ったりしなければいけないという硬式野球の危険性を踏まえると、「そうかもなあ」と思わないでもありません。しかし、大学野球は女子参加がOKで、東京六大学野球の公式戦において実現もしています。
だとすると、高校野球だけが女子を選手として認めないのは時代錯誤ではないか、差別ではないか、と突っ込まれると、反論は難しい。ましてや、高野連は女子の部員登録は認めていますから、旗色はますます良くありません。
相撲協会のように「大相撲は、神事に基づき、女性は土俵に上げないという伝統がある」と開き直ってしまえれば、それも手かもしれませんが、高校野球の主催者に名を連ねる朝日新聞は、差別撤廃、人権擁護を基軸にしているから、そうもいかないでしょう。
これで思い出すのがマスターズの一件。会場であり主催者である「オーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブ」が女性会員を認めていないことに対して、2002年に女性の人権団体が猛抗議を執拗に繰り返し、ついにはホワイトハウスも巻き込んだ全国的な論争へと発展しました。同クラブは、「われわれはプライベートな会員組織であり、女性を入れるかどうかは我々が決める。外部組織の圧力に従うことではない」と反論しました。しかし旗色は悪く、10年後にコンドリーザ・ライス前国務長官を含む2人の女性が会員となったことを発表しました。
日本においても、世の中に影響力の強い女性が、甲子園を夢見て練習に励む女性野球部員を組織化して声を上げれば、SNSで一瞬にして拡散され、それが世論になりうる現代ニッポンであれば、状況が一気に変わる可能性はゼロではないと思います。
可能性ゼロではないと思うもう一つの理由は、女子参加が実現した場合に最も恩恵に浴するのは、実は野球界と考えられることです。野球の競技人口は、特に若年層において、少子化のペースを大きく上回るスピードで減少しており、衰退の危機がひしひしと感じられる今日この頃。女子の参加によって競技人口を増やそうという判断は十分ありえます。
東京都知事や最大野党の党首が女性になり、日本の女性の地位向上がこれまで以上に推進されるムードも追い風になるかもしれませんね。
徒然なるままに3つ予想をしたところで、随分、長くなってしまいました。もう3つ4つほど、予想しておきたいことがありますので、次回にまた紹介したいと思います。
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