次こそ安定した職業を選びたい

 6億円を超える年俸が妥当かどうかはさておき、29歳の彼がいまや日本のプロ野球を代表する投手であることは間違いないだろう。その菅野投手は、契約更改後にこんなことを言っている。

 「球団の収益も全チームで上がっている。将来的には10億円もらう選手が出てもおかしくない。そういうもの(金額)を目にしたら、野球選手になりたいという子供も出てくると思う」

 この発言の前提には、近年の野球人口減少への懸念が込められているが、このままの活躍が続けば(米大リーグに行くことがなければ……)、日本プロ野球界初の年俸10億円も決して夢の数字ではないだろう。

 さて、今月届いたふたつのニュースが揃ったところで、私が抱いた素朴な疑問である。史上最高額で契約する日本人選手がいる一方で、そこを目指す若い世代が、引退後は「一般企業で会社員」という堅実な志向を持っているということだ。この若者の現実をどう捉えたらいいのだろうか。

 夢のある一獲千金の世界でチャレンジしながら、その一方で引退後はリスクの少ない一般の会社員でありたいと願う。

 確かなことは分からないが、この現状からプロ野球界にいる若者たちのふたつの現実が見えてくる気がする。

 ひとつは、彼らが将来に対して大きな不安を感じながら野球をやっているということだろう。野球を引退したら安定したい。スポーツを仕事にする以上、そうした不安や心配はいつでもついて回るものだと言えるかもしれないが、球団やNPBは、彼らの不安を少しでも軽減してあげられるサポートシステムの構築が必要だろう。野球をやっている間は、将来への不安を考えずに野球に集中できる。そうした環境(キャリアサポート)を用意する方が、選手としての力はより発揮される!? こうした支援は、プロスポーツにおいて過保護というものだろうか。「一般企業で会社員」という選択には、若い選手が抱えている不安と彼らのニーズを感じる。

 もうひとつ私がイメージしたことは、昨今の野球選手が非常に賢明になっているということだ。それは、豪快で奔放なプロ野球選手としての魅力を失っているとも言えるだろうが、多くの若い選手が不安定な世界にいながらも引退後の安定を求めている。それは野球選手だけでなく、社会全体に流れている不安感が働いているとも言えるだろうが、今の若い選手は、堅実な将来を考えながらプレーしているのだ。会社員になっても、何とかやっていけるだろう。そう思う選手が多いということは、ビジネスでの能力や適性に自信があるということでもある。その点でも、最近の野球選手は、常識的な感覚やビジネスに求められる社会性を持っているといえるだろう。

 こうした現実に対して「野球選手のスケールが小さくなった」とか、かつてのような「豪快な選手がいなくなった」という指摘は当たっているだろうが、多様で複雑になった現代社会をしっかり生きるために、スポーツを生業にする人たちも、求められる賢明さを持って自分の仕事に取り組んでいる。

 誰もが菅野投手のように稼げるわけではない。
 その現実を見つめながら夢を追いかける。
 その冷静さを持つことが、現代のチャレンジなのだろう。  

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