引退後は会社員になりたいという若手プロ野球選手が増えている(写真:PIXTA)
ふたつの現実を前にして、どちらが今の若者の実像なのか……と考えさせられた。
まず気になったのは、プロ野球の若手選手を対象に行われた以下の調査だ。日本野球機構(NPB)が、今年の秋季教育リーグ「みやざきフェニックス・リーグ(宮崎県)」に参加した12球団の選手に「セカンドキャリアに関するアンケート」を実施した。その結果が12月13日に発表された。回答した選手は、252人。平均年齢は、23.5歳だった。
プロ野球引退後に就きたい職業(セカンドキャリア)の1位は、「一般企業で会社員(15.1%)」だった。2位が「大学・社会人指導者(12.3%)」、3位が「社会人で現役続行(11.5%)」、4位は「高校野球の指導者(11.1%)」、5位は「海外で現役続行(8.7%)」という結果になった。
考えさせられたのは「一般企業で会社員」という将来設計が1位になったことだ。前年の「6.8%」から「15.1%」とその希望が倍増している。調査によると2007年から始まった同調査でこの項目が1位になったのは初めてのことだという。
ちなみに去年の調査結果は、次の通りだ。
1位 高校野球の指導者(14.0%)
2位 プロ野球の指導者(11.5%)
3位 大学・社会人指導者(11.7%)
4位 海外で現役(7.7%)
4位 飲食店など独立開業(7.7%)
プロ野球選手というキャリアを生かして、高校・大学・社会人野球の指導者へという転身は、自然な流れであり理解できる方向性だ。今後も多くの引退選手がその道を希望することだろう。
ただ、ここで気になったのは、そんな指導者としての将来を「一般企業で会社員」が大きく上回ったことだ。調査に当たったNPBの担当者は、「球界に残れてもサードキャリアの問題もありますし、高校野球の指導者も狭き門。より現実的になっているのではないか」と分析している。
もうひとつ私が気になったニュースは、12月17日に契約更改を済ませた読売巨人軍・菅野智之投手の年俸だ。その額「6億5000万円(推定)」。
それは2002年の松井秀喜選手の6億1000万円を超える巨人史上最高額であるばかりか、2005年の横浜ベイスターズ(現・DeNA)・佐々木主浩投手に並ぶ日本人史上最高額タイの契約となった。
今シーズンは、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振の3冠を獲得。両リーグトップの10完投をマークし、2年連続の沢村賞にも輝いた。私の古巣・東京ヤクルトスワローズも菅野投手にクライマックス・シリーズでノーヒット・ノーランを食らってしまった。
次こそ安定した職業を選びたい
6億円を超える年俸が妥当かどうかはさておき、29歳の彼がいまや日本のプロ野球を代表する投手であることは間違いないだろう。その菅野投手は、契約更改後にこんなことを言っている。
「球団の収益も全チームで上がっている。将来的には10億円もらう選手が出てもおかしくない。そういうもの(金額)を目にしたら、野球選手になりたいという子供も出てくると思う」
この発言の前提には、近年の野球人口減少への懸念が込められているが、このままの活躍が続けば(米大リーグに行くことがなければ……)、日本プロ野球界初の年俸10億円も決して夢の数字ではないだろう。
さて、今月届いたふたつのニュースが揃ったところで、私が抱いた素朴な疑問である。史上最高額で契約する日本人選手がいる一方で、そこを目指す若い世代が、引退後は「一般企業で会社員」という堅実な志向を持っているということだ。この若者の現実をどう捉えたらいいのだろうか。
夢のある一獲千金の世界でチャレンジしながら、その一方で引退後はリスクの少ない一般の会社員でありたいと願う。
確かなことは分からないが、この現状からプロ野球界にいる若者たちのふたつの現実が見えてくる気がする。
ひとつは、彼らが将来に対して大きな不安を感じながら野球をやっているということだろう。野球を引退したら安定したい。スポーツを仕事にする以上、そうした不安や心配はいつでもついて回るものだと言えるかもしれないが、球団やNPBは、彼らの不安を少しでも軽減してあげられるサポートシステムの構築が必要だろう。野球をやっている間は、将来への不安を考えずに野球に集中できる。そうした環境(キャリアサポート)を用意する方が、選手としての力はより発揮される!? こうした支援は、プロスポーツにおいて過保護というものだろうか。「一般企業で会社員」という選択には、若い選手が抱えている不安と彼らのニーズを感じる。
もうひとつ私がイメージしたことは、昨今の野球選手が非常に賢明になっているということだ。それは、豪快で奔放なプロ野球選手としての魅力を失っているとも言えるだろうが、多くの若い選手が不安定な世界にいながらも引退後の安定を求めている。それは野球選手だけでなく、社会全体に流れている不安感が働いているとも言えるだろうが、今の若い選手は、堅実な将来を考えながらプレーしているのだ。会社員になっても、何とかやっていけるだろう。そう思う選手が多いということは、ビジネスでの能力や適性に自信があるということでもある。その点でも、最近の野球選手は、常識的な感覚やビジネスに求められる社会性を持っているといえるだろう。
こうした現実に対して「野球選手のスケールが小さくなった」とか、かつてのような「豪快な選手がいなくなった」という指摘は当たっているだろうが、多様で複雑になった現代社会をしっかり生きるために、スポーツを生業にする人たちも、求められる賢明さを持って自分の仕事に取り組んでいる。
誰もが菅野投手のように稼げるわけではない。
その現実を見つめながら夢を追いかける。
その冷静さを持つことが、現代のチャレンジなのだろう。
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