柔道世界王者の朝比奈沙羅がフリーを選ぶ訳
東京五輪後は医学部受験との二刀流に挑戦、柔道への影響は?
女子柔道界の超新星、朝比奈沙羅選手(東海大3年生 21歳)をご存じだろうか。柔道ファンなら知らない人はいないだろうが、まだまだその魅力が全国に知れ渡っているとは言えないかもしれない。
世界無差別級選手権(11月12日、モロッコ、マラケシュ)でツェリッチ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)を破り優勝を果たした朝比奈沙羅選手。(写真=AFP/アフロ)
それは恐らくリオデジャネイロ五輪の代表を逃したことが大きく響いている気がする。しかし、彼女の実力とそのスケールの大きさを考えると、人気者になるのはもう時間の問題だろう。
身長176センチ。
体重135キロ。
日本が世界に誇る重量級の逸材である。
11月12日に最終日を迎えた世界無差別級選手権(モロッコ、マラケシュ)からは、朝比奈選手らしいビッグなニュースが飛び込んできた。78キロ超級世界ランキング1位の朝比奈は、決勝で同級ランキング2位のツェリッチ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)を破り優勝を果たした。
決勝までの全4試合をすべて一本勝ち。その勝ちっぷりも見事だったが、すごいのはこの優勝賞金だ。なんと1000万円である。
他のプロスポーツでは、もちろんもっと高額な優勝賞金を設定している大会がいくつもあるが、柔道もいよいよ稼げるスポーツになってきたと言える金額だ。
東京五輪後は医学部受験に専念
今後、競技環境が変わる彼女にとっては、こうした賞金も大きな支えになることだろう。というのも、朝比奈選手は今年9月いっぱいで東海大の柔道部を退部している。今後は東海大に在学しながらも、フリーの立場で世界を舞台に戦っていくというのだ。
その理由については「強化方針に対する考え方の相違がある」との報道もあるが、彼女が将来的に医学部を目指していることに起因しているのではないかと私は思っている。
朝比奈選手に初めて会ったのは、彼女が渋谷教育学園渋谷高校の柔道部に在籍している時だった。同校は柔道の名門校であるが、それ以上に学業優秀な進学校として名を馳せている。当時から超高校級の活躍を見せていた朝比奈選手だが、勉強も抜群にできるということだった。両親が医者なので、彼女もいずれは医者になりたいと当時から話していた。
将来を嘱望されていたのは柔道だけでなく、医学の道に進むことにおいても周囲の期待は高まっていたのだ。
しかし、これだけの才能を柔道界が放っておくはずがない。東海大に進学して名門柔道部に籍を置き、まずは日本代表として柔道に専念する日々を選んだのだ。
ただ柔道部を退部したこれからは、個人で練習を続けながら2020年東京五輪への出場を目指し、五輪後は医学部への進学を目標にすると言う。そのために勉強する時間もしっかり確保したい。それがフリーになった一番の理由のようだ。
二刀流への挑戦は柔道への意欲にもつながる!?
こうした彼女の決断に、もしかすると懐疑的な声もあるのかもしれない。
朝比奈選手は昨年の講道館杯全日本体重別選手権で女子初の4連覇を達成。今年も体重無差別で争う4月の全日本女子選手権を初制覇した。ハンガリーで行われた世界選手権78キロ超級では銀メダルに終わったものの、前述の無差別級選手権では世界チャンピオンに輝いている。
大学柔道部という厳しい環境に身を置くことで、その強さをさらに伸ばすことができる。フリー(ひとり)では甘さが出てしまうのではないか。それでは東京五輪金メダル候補の将来が心配だ。こうした声にも説得力はある。
しかし、これだけのレベルの選手になったら、これからの課題は本人のモチベーションと自覚の問題だと思う。その意味では、大学柔道部を離れてフリーで戦うことは、彼女の自覚をより高めるのではないかと私は思っている。そればかりか、五輪後に医学部への進学を目指すことで、柔道と勉強への意欲は今まで以上に増すのではないかと期待している。
スポーツ界は今、プロ野球北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手の二刀流(投手と打者の両方に挑む)に注目が集まっているが、朝比奈沙羅選手の選択もこれもまた見事な二刀流と言えるだろう。それは同時に2種目にチャレンジする形ではないが、時期をずらして柔道と医学に挑むという立派な二刀流だ。
明確な目標が決まることで私たちのエネルギーはより集約される。やるべきことに迷うことなく向かうことができる。朝比奈選手には、「こうした道(選択)もあるんだ」ということを後進に伝える意味でも、この二刀流を是非やり遂げてもらいたいと思っている。
得意技は、「払腰(はらいごし)」と「支釣込足(ささえつりこみあし)」。いや、「柔道」と「学業」だ。
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