「勝つ人間には責任が伴う」

 前回の試合で決着はついたものの、何かがスッキリしなかった。その小骨が今回の勝利で取れたのだ。

 しかし、私がスッキリしたのは彼が悲願のベルトを手にしたことにもあるが、それ以上に村田諒太というボクサーが世界チャンピオンにふさわしい人だと思ったからだ。

 エンダムを倒してチャンピオンになった彼は、リング上でのインタビューで言った。

 「エンダムは友人です。初めてできた友人だと彼も言ってくれますし、僕もそう思っています。これは高校の恩師が言っていたことですけど、ボクシングで試合に勝つということは相手を踏みにじって、その上に自分が立つということ。勝つ人間には責任が伴うんだ…と言っていました。だから彼の分の責任を伴って、これからも戦いたいと思います」

 ここにある考え方は、スポーツという枠組みに限られないものだ。上に立つ人、活躍を続けている人、誰にでも当てはまるものだろう。

 トップアスリートという存在は、その時点で村田が言う責任を背負っている。アスリートの不祥事(薬物や賭博など)がなぜ許されないのかと言えば、その競技に携わっている人すべてが村田の言う責任を伴っているからだ。

 彼は試合に臨むに当たって襲われる重圧についてこう言っていた。

 「試合のプレッシャーからは逃げられない。プレッシャーを連れてリングに上がるのがボクサーだと思います」

 これも私たちに響く言葉だろう。責任のある大事なこと(仕事)には、当然プレッシャーがかかる。そこからは逃げられない。しかし、プレッシャーは敵ではない。リングに持ち込むべきエネルギーだ。だからこそ村田のような譲れない戦いができる。

 戦う者の姿勢と勝敗の本質を語る新チャンピオン。村田諒太という存在が、スポーツを豊かにしてくれる。