テレビの解説を務めた田中秀道プロが何度も難しいコースセッティングについて語る。JGTO(一般社団法人日本ゴルフツアー機構)のコースセッティングアドバイザーを務める彼が、今回のコースセッティングを担当していたからだ。
「この下りのパットは、相当難しいですよ」
彼の予想通り2メートル弱のパットを歴戦のプロゴルファーたちが外す。違うホールでは、カップを外れたボールが3メートルも4メートルも転がっていく。グリーンに乗せる位置を間違うと、短いパットでも大変なことになる。
男子ゴルフツアー「ホンマ・ツアーワールド・カップ(10月5~8日)」において、4日間ノーボギーの22アンダーで優勝した宮里優作プロ。(写真は2017年7月の全英オープンでのもの、AFP/アフロ)
そんなプレーヤーたちの苦労を知ってか知らずか田中プロが言う。
「クレームは一切受け付けません」
愛知・京和CC(カントリー倶楽部)で行われた男子ゴルフツアー「ホンマ・ツアーワールド・カップ(10月5~8日)」最終日のことだ。
しかし、そんな難しいセッティングをものともせずに優勝したのが宮里優作プロ(37歳)である。その内容が抜群に素晴らしい。なんと4日間ノーボギーで、「22アンダー」の完全優勝(今季3勝目)である。トーナメント大会を一つのボギーもなく優勝するのは、資料が残る1985年以降で史上初の快挙だそうだ。
青木功から「アクセル踏みっぱなしでいろ」
その4日間のスコアは以下のとおり。
初日が10アンダー
2日目が3アンダー
3日目が6アンダー
最終日が3アンダー
4日間トータルで「ノーボギー」の22アンダーだった。
ゴルフをする人なら「一度でいいからこんなゴルフをしてみたい」というような完璧な内容だが、4日間ボギーを叩かないプレーには、それはそれで苦しみが伴うようだ。最終日の9番でファーストパットが3メートルもオーバーするものの、返しのパットを決めてパーをセーブする。しかし、この時に宮里は思った。
「なんでだろう? いっぱいいっぱいになってきた」
「ノーボギー」と最高のゴルフをしていながら、気が付けばプレーシャーの中にいた。
「途中からボギーを打たないようにゴルフをしている自分がいて、これじゃダメだと思った」
守りに入りかけていた宮里をさらに奮い立たせたのは、ラウンド前に日本ゴルフツアー機構・青木功会長にかけられたこんな言葉だという。
「お前は余裕があると、途中でアクセルを緩める時がある。ずっと踏みっぱなしでいろ。40アンダーを目指していけ」
さすがに40アンダーは無理だったが、まさにアクセル踏みっぱなしの「ノーボギー22アンダー」だった。
使い易いアイアンとボールを採用
今回の宮里の優勝を考える中で興味を覚えたのは、彼が使うクラブを一新したことだった。とりわけ大きな変化があったのはアイアンだ。
ハードヒッター向けのマッスルバックモデル「ブリヂストン ツアーB X-BLADE アイアン」から、一回りヘッドサイズが大きいキャビティモデル「ピン i200 アイアン」に切り替えた。それに伴いシャフトの硬さもヘッドサイズを考慮して、より抜けの良いイメージが出せるよう、XからSXに落としたというのだ。
その理由を宮里はこう語っている。
「全米オープンなどのメジャー大会に出て、トップ選手が易しいクラブを使っているのを目の当たりにした。自分の体調や年齢も考えて、よりオートマチックに打てるアイアンに替えようと思った」
またボールも最新の「ブリヂストン ツアーB X ボール」に切り替えた。「風に強く操作性に優れているから」というのが採用理由だ。
そして「ある程度クラブとボールの恩恵を受けることも大事だと思った」と続けた。
目的は「難しい道具を使いこなすこと」ではない
使うクラブやボールの変更は、トッププロの感覚的な世界なので特殊な話ではあるが、宮里プロが求めたのはひと言でいえば「易しい道具」と言えるだろう。
ボールコンタクトに自信のあるプロ選手たちは、その扱いが難しい小さいヘッドを好む傾向があるが、宮里の選択はシンプルで易しい道具に回帰したのだ。
こうした道具選びの傾向は、プロ野球でもある。バッティングの技術が高くなるとプロの選手たちは、細いバットを好む傾向にある。また同じようにグリップも細いものを使う。繊細な操作ができると同時に、手首の返りが良くなるからだ。しかし、これもアイアンのヘッドと同じで、小さくなればなるほど、その取り扱いが難しくなる。
現・横浜DeNAのラミレス監督が巨人の現役時代に言っていたことがある。
「日本の若い選手は、グリップの細いバットを使い過ぎる。もう少し太いバットを使えば、もっと楽に打てるのに…」
グリップの太いバットは、スイングするというよりボールにバットを当てるという機能に優れている。つまりラミレス監督の指摘は、「シンプルにボールにバットを当てることを求めるべきだ」ということだった。こうしたバット選びは、巨人の主砲・坂本勇人選手らに影響を与えている。
どんな道具を選ぶかは、スポーツや仕事によってさまざまだ。しかし腕が上がれば上がるほど、高度な難しい道具を使いこなすのが、どの道でも達人の証(あかし)と言えるだろう。しかし、求めることが難しい道具を使いこなすことではなくて、良い結果を出すことならば、よりシンプルな道具に帰るのも大事な選択肢と言えるだろう。
宮里優作の選択は、クラブとボールというゴルファーにとっては極めて重要なアイテムの変更だが、それが意味しているのはより合理的にシンプルに戦おうとする原点回帰の姿勢と言えるだろう。
彼が手にしたのは、実は「初心」ではないだろうか。
Powered by リゾーム?