故障を乗り越え5年ぶりに優勝したタイガー・ウッズ(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)
最終18番。
ゴルフでは、見たことのない光景だった。誰もが復活を遂げたタイガー・ウッズ(42)と一緒にグリーンまで歩きたかったのだろう。運営スタッフの制止を振り切ってとんでもない数のギャラリーがタイガーの後を追ってフェアウエーを闊歩した。そしてグリーンを何重にも埋めたギャラリーから「タイガー」コールが沸き起こった。
米男子ゴルフツアー最終戦、ツアー選手権最終日(ジョージア州、イーストレークGC)でのことだ。
数十センチを残したパーパットを沈めれば、5年振り通算80回目のツアー優勝が決まる。何の躊躇もなくこのパットをさらりと決めたタイガーは、愛用のパター(スコッティキャメロン)を持ったまま、両手を高々と掲げた。2位と2打差のトータル11アンダー、初日から一度も首位を譲らない完全優勝で劇的なカムバックを果たした。
タイガー・ウッズのプレーを初めて生で見たのは、1998年のカシオ・ワールドオープン(鹿児島県いぶすきゴルフクラブ開聞コース)だった。300ヤードを軽々と超えていくドライバーショット。身長が185センチもありながらグリーン周りのショートゲームも抜群に上手い。ゴルファーのイメージを「アスリート」に変えた選手だった。
宮崎まではプライベート・ジェット機で飛んできて、ゴルフコースにはヘリコプターで登場した。もうこの時点で、その豪華さで他のゴルファーを圧倒していた。優勝こそブライアン・ワッツ(米国)に譲ったが、日本の選手もギャラリーも彼の豪快なプレーに度肝を抜かれた。この時、幸運なことにタイガーにテレビ用のインタビューもさせてもらったが、醸し出すオーラは過去にインタビューしたマイケル・ジョーダン(NBA)やジョー・モンタナ(NFL)といった世界的スーパースターのそれだった。何をやっても周囲の注目をすべて引きつけてしまう……。
しかし、その後タイガーは、予想もしないトラブルに巻き込まれていく。
始まりは、不倫騒動から発展した離婚だった。このニュースは、世界中を駆け巡った。去年は、薬物運転あるいは飲酒運転の疑いで逮捕されたりもした。こうした騒動の中で、ゴルフに集中することはできなかったのだろう。その間にも腰の故障に見舞われ、4度の手術を受けることになる。周辺の関係者には「もう僕は終わりだ。2度とプレーしないと思う」と漏らしていたこともあるそうだ。
いずれにしても、近年はゴルフどころか座ることも歩くことも腰の痛みでままならなかった。幸い、4度目の手術が功を奏し、今年はシーズンを通してプレーすることができた。
心身整え醜聞と腰痛を乗り越えた
押しも押されもしないスーパースターでも、勝てなくなる原因やプロセスは特別なことではないだろう。それはどんなレベルの選手にも、あるいは私たちの仕事にも共通することだ。
フィジカルの充実とメンタルの集中だ。これが揃わなくては、どんな仕事でも成功はおぼつかないだろう。ましてやゴルフは、メンタルな要素が極めて大きく影響するスポーツだ。
心身にさまざまな心配事を抱えていたのでは、タイガーの代名詞ともいえる「ゾーン」に入ったゴルフが展開できるはずもない。
これまでのタイガーは、おそらく連勝街道をばく進していた時の彼自身を思い出すようなゴルフをイメージしていたのだろう。腰の痛みもあって、そこにはストレスしかなかったはずだ。しかし、今季のタイガーは、吹っ切れたようにこれまでのスタイルと決別した。良い意味で小さくまとまった。全力のフルショットではなく、柔らかく余裕のあるスイングが冴えわたった。かつての爆発力が影を潜めた代わりに、堅実なプレーが負けないゴルフを連れてきた。
今シーズンは、ここまでベスト10入りを6回記録していた。もう、いつ勝ってもおかしくない集中力が戻ってきていたのだ。最終日は、若いローリー・マキロイと一緒に回り、ドライバーの飛距離では常に先を越されていたが、いらだつこともなく自分のプレーをマネジメントし続けた。
これだけの実績を誇る選手でも「もう無理だ(勝てない)と思っていた」と弱気になってしまうのもスポーツだ。
しかし、もう一度勝ちたいと願わない選手が勝利できるほどプロの世界は甘くない。その思いを引き出してくれたのは、2人の子供たちだとタイガーは告白している。子供たちに新しい優勝を見せたい。そうした純粋な思いも彼の集中力を研ぎ澄ます方向に働いたのだろう。
タイガーが見せてくれた復活劇は、分かりやすく私たちに大事なことを教えてくれる。
ケガや故障やトラブルを乗り越えて、カムバックを目指す。その時には、まず体調を整えて、精神的な不安要素をなくす。そして過去の自分に縛られることなく、今の自分を生かす方法を考える。多くのギャラリーが彼の復活を心から喜んだのは、そのプロセスが誰にでも共感できる(当てはまる)ことだったからだろう。
米ツアー通算勝利数1位は、サム・スニードの82勝。その記録にあと2勝で並ぶタイガーが言った。
「サムはまだ僕の上にいるけど、僕がプレーを続けていれば、いつか抜けるかもしれない」
ポジティブになった強いタイガーが帰ってきた。
(=敬称略)
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