無言実行、言い訳なし

 言葉ではなく抱いている主義・信条を相撲で見せるのが横綱の使命だと考えているのだろう。その姿勢は、ケガをして満足な状態で相撲が取れない時でさえも一貫していた。

 去年、初優勝からの3連覇を狙って夏場所に登場した横綱・稀勢の里。達成すれば双葉山以来80年ぶりの快挙であり、過去には3人の力士しか成し遂げていない。

 ところが初日から嘉風にあっさりと負けてしまう。前場所で痛めた左腕がまったく使えていない。病状は左腕筋断裂と伝えられていたが、稀勢の里がはっきりと語ったことはなかった。「大丈夫じゃないですか」とまるで他人事のように言及を避け、ケガの話題をはぐらかしてきたのだ。左腕に痛みがあるのか、得意の左を使うことなく土俵際まで押し込まれて押し出された。筋肉が断裂していれば完治には2カ月はかかる。しかし、稀勢の里は一切ケガのことには触れなかった。

 そして静かにこう言っただけだった。

 「相手が強いから負けたんじゃないですか」

 「また明日、切り替えてやるだけ。集中してやりたい」と結んだ。

 2日目の隠岐の海戦で負けても、「まあ、いつも通りじゃない。問題ないですよ」と、必要以上に語ることはなかった。とにかくこの横綱は、何も語らないことを美学としているのだろう。あるいはそれこそが横綱の使命として自らに言い聞かせているのかもしれない。

 この姿勢で思い出す人がいる。今シーズン、中日ドラゴンズで復活した松坂大輔投手だ。シーズン前に彼にインタビューした時に聞いた。「今年の目標を教えて下さい」と。

 すると彼は言った。「そんなことを言える立場ではないので……、ありません」

 それを言わないのが怪物と呼ばれた男のプライド。ケガや故障を言い訳にしない。やるべきことは、結果で見せるしかない。余計なことを語らないのが責任を感じている証。

 黙っていることがエネルギーの充足につながる。私は、そんな彼の思いを感じると同時にその寡黙な姿勢に復活の手ごたえを感じた。

 良い相撲内容や勝ち越しで評価される横綱を稀勢の里は受け入れていない。そのことへの反発や自分への怒りが、寡黙であることの理由だ。

 静かであること。寡黙であること。

 それこそが、スポーツにおいては雄弁に攻撃的な姿勢を物語ることがある。

 10日目、遠藤に勝って(寄り切り)勝ち越しを決めた。寡黙に我慢を貫く稀勢の里に、待ちに待った復活を見た。

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