「私からポイントを盗んだ。謝って。泥棒」などと、感情のままに主審に暴言を吐いたというのだ。この発言への代償(ペナルティー)は大きかった。ここまでセットカウント3-4だったが、3回目の警告(言葉の乱用)で今度はまるまる1ゲームを失い3-5と大坂がリードを広げる展開になってしまったのだ。

 試合はすっかり壊れてしまい、続く第10ゲームをキープした大坂がセットカウント2-0のストレートでグランドスラムの栄冠を手にした。

大荒れの試合が示唆する教訓

 なぜ私が突然、駅のポスターを思い出したかは、もうお分かりだろう。その怒りを抑えられなければ、グランドスラムのタイトルも失うのだ。いや、普通に戦ってもこの日の大坂さんは、セリーナを破ったと私は思っているが……。ただ、ここは女王への敬意としてそう言っておこう。

 この試合でセリーナに起こったことは、私たちへの教訓だ。彼女からすれば、不本意な判定だったに違いない。言葉通り「コーチング」を見ていなかったのかもしれない。

 しかし……だ。その後、抗議に明け暮れてゲームを進めることが彼女のためになったかと言えば、そのエネルギーは明らかに逆の方向に働いてしまった。まだ、どこかで引き返せるポイントがあったはずだ。冷静に自分のやるべきことに集中することもできたはずだ。いかなる理由であれ、それを逃してしまったのは彼女自身の責任だ。

 私たちの日常において、グランドスラム優勝ほどの歓喜が訪れることは残念ながらそう滅多にない。ところが、セリーナが怒ったようなアクシデントや不運はこれまた残念なことに結構ある。私たちが備えておくべきは、考えておくべきは、そうした怒りをどう抑えるかということだろう。

 ストレスの多い現代社会。怒りのマネジメントは、テニスプレーヤーだけの問題ではない。これはむしろ私たち自身の課題だ。

 ポスターには、「もしカッとなってしまったら、深呼吸。一旦、心を落ち着かせましょう。」とも書いてある。

 セリーナほどの選手でもそうであったように、カッとなってしまったら、もう戦う相手が違ってしまう。スポーツにおいては、こみ上げる怒りが大きな回復力をもたらしたり、闘争心を再燃させるエネルギーになったりすることもあるが、ほとんどの場合、セリーナのように失敗する。

 とにかく冷静に、冷静に、冷静に……。そして怒りの先の最悪の顛末を考える。そこには、何ひとつ得になることはない。私たちが目の前の怒りをマネジメントするには、詰まるところ、それしかないのだ。

(=敬称略)