日本対オーストラリアのサッカーワールドカップ(W杯)アジア最終予選(8月31日、埼玉スタジアム)。前半38分。左サイドを駆け上がった長友佑都(インテル・ミラン)からクロス(サイドから中央に蹴り込むセンターリング)が入る。危機を察知したオーストラリアのデフェンダーたちは、ゴール前のニア(近いサイド)に集結した。長身を生かして早めにセンターリングをカットしようとしたのだろう。
しかし、長友のボールは高く深く入り、相手ディフェンス陣を飛び越えて裏で待つ浅野拓磨(シュツットガルト)の足元に落ちていく。フリーでボールを受けた浅野は、これをダイレクトにボレー。落ち着いて流し込んで日本代表が貴重な先制点を奪った。
日本対オーストラリアのサッカーワールドカップ(W杯)アジア最終予選(8月31日、埼玉スタジアム)。長友のセンターリングを受けた浅野が先制のゴールを決めた。(JFA/アフロ)
長友は、そのプレーを狙っていた。「ニアを飛び越え、CB(センターバック)の裏に届けば何かが起こると思っていた」。
裏へ詰めた浅野もイメージ通りのプレーだった。「左サイドにボールが来ている時は相手選手の裏へ抜け出すのを常に狙っていた。(長友から)最高のクロスが来たから、慌てて脚を振ろうとせずに…」
1対0で迎えた後半。日本同様に勝てばW杯出場が決まるオーストラリアは、細かいパスをつないで猛攻を仕掛けてくる。それまで日本を苦しませてきたオーストラリアのストロングスタイル、ロングボールと空中戦を封印してくれたこともラッキーだった。たとえ体格で相手が上回っても、豊富な運動量で相手を追い駆け回せばその攻撃をある程度はつぶせるからだ。
日本はこれまでのW杯予選でオーストラリアに勝ったことがない。追加点がなかなか取れない日本。
ここから同点?
逆転?
嫌なジンクスが忍び寄ってくる。
そんな心配を吹き飛ばしたのは、MF(中盤)で起用されていた井手口陽介(ガンバ大阪)だった。82分、原口元気(ヘルタ)からのパスを受けた井手口は、左サイドからドリブルで持ち込んで相手デフェンダーをかわす。密集の中でそのまま誰かにパスを出すのかと思った瞬間、一瞬のスペースを見逃さず自らシュートを放つ。これがゴール右隅に豪快に決まって日本待望の追加点が入った。
日本はこのリードを守り切って2対0で勝利する。オーストラリアに対する初めての勝利は、W杯出場を決める劇的な試合になった。
怖いもの知らずの若手が大決戦で台頭
試合当日、午前中は雨模様。芝生が濡れてパスサッカーの日本には、ボールが走る絶好の環境だった。22度という秋のような気温も、日本の選手たちにとっては体力の消耗を軽減する要素となった。大事な試合を戦う上で、いずれも日本にとっては好材料となったことだろう。
しかし、戦術や勝因についての分析はサッカーメディアに任せよう。
この試合で私の印象に残ったのは、ハリルホジッチ監督が見せた大胆な若手の起用だった。これまで日本代表の顔として活躍してきた本田圭佑(パチューカ)や香川真司(ドルトムント)、岡崎慎司(レスター・シティー)といった面々は先発メンバーから外れた。そうした選手たちに代わって出場したのが浅野であり井手口であり、乾貴士(SDエイバル)や大迫勇也(1FCケルン)だった。
本田や香川はコンディションの問題もあったが、そうしたベテランに頼ることなくハリルホジッチ監督は、W杯出場のかかった大一番で22歳の浅野や21歳の井手口を思い切りよく使ってきたのだ。その2人が見事に期待に応えてゴールを決める。
ここは「采配の妙」として監督を褒めるべきだろうが、考えたいのはこの若い2人が活躍する背景だ。もちろんそれは彼らのセンスと技術のたまものなのだが、2人に共通する要素は、「怖いもの知らずの若さ」を有していることだ。
高校野球、夏の甲子園は終わったが、各県、各地域の予選でも甲子園のゲームでも、負けて泣いているのはいつも3年生だ。2年生や1年生が泣くことはない。3年生が泣くのは、その試合で高校野球が終わるからだ。すべてがその試合にかかっている。その思いが多くの場合、高校野球にドラマを生むのだが、言いたいことは3年生にはそれなりの重圧がかかるということだ。
それに引き換え2年生や1年生は、自分たちの将来(活躍の場)はまだ先にある。自分たちはここで終わるわけではない…という思いが、泣けない理由であり、逆に言えば彼らが伸び伸びとプレーできる要因である。40年ほど前の話になるが、我々が高校球児だったころも1年生、2年生の時には泣くことはなかった。
控えに回ったベテランに危機感
若い選手たちが持つ躍動感は、こうした重圧(チームの命運)をまだ背負わないでいいところからきている。自分をアピールする。失敗を恐れずに攻撃的にプレーする。基本的に彼らに働いている心理は、重圧よりも喜びだ。活躍の場をもらえた喜びが彼らをより積極的にさせる。大胆な若手起用には、チームにそうした影響をもたらす効果がある。
もちろん若さの持つ稚拙さや経験不足が災いする時もあるが、ベテランの保守性が思い切ったプレーを敬遠する危険性もあり、そこはいずれにしてもギャンブルだ。ハリルホジッチ監督は、若さの持つ意外性にかけたのだ。
この試合で出場のなかった本田が言った。「自分に危機感を与えてくれることに感謝です。めちゃくちゃ悔しい思いをさせてくれる選手が出てきた」。本田が口にしたこうした思いこそ、ハリルホジッチ監督が狙ったことでもあるのだろう。
会心のゲームを振り返ってハリルホジッチ監督は言った。
「若い選手を信頼して使う。日本サッカーにとっていいことだったのでは」
このゲームは、サッカー選手だけでなく若い世代への教訓だ。出番が来たら失敗を恐れず攻撃的にグイグイ行く。自分の持ち味を発揮して積極的にチャレンジする。そう、たとえ上手くいかなくても交代させられるだけなのだから。
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