だから多くの品々が部屋に用意されていること自体に何の問題もない。それが善意から出たものであるならば、人からとやかく言われる筋合いはない。下手をすればやっかみですらある。だからボクシング連盟の「おもてなし」を品数の多さなどで批判するつもりもない。

   

 ただ、唯一問いたいのは、それがどんな思いで用意されていたかということだけだ。

コップ1杯の感動

 「おもてなし」とは意味が違うが、たった1杯のコップの水が多くの人を感動させて、スポーツの本質を見せてくれた場面があった。連日行われている夏の甲子園、大会2日目の第3試合、南北海道代表の北照高校と南福岡代表の沖学園高校との試合でのことだ。

 9回表、4対2でリードしている沖学園の攻撃。先頭の4番吉村侑希選手が左中間への大きな当たりを放つ。これを北照のレフト・岡崎翔太選手が追いかけてフェンス際まで走ったが、ボールを送球した途端、倒れて動けなくなってしまった。

 テレビではNHKのアナウンサーと解説者が心配する。
 「足がつったのか、肉離れか、肉離れならこの後の出場が難しいと思われます」
 「ちなみに現在の気温は34度、湿度は…」

 倒れ込んだ岡崎君の下へは、チームメイトはもちろん審判まで駆けつけて対応に当たった。スパイクを脱がされて「つった?」足を伸ばしている映像がテレビに映る。

 大丈夫か? かなりの時間、その状態が続いた。

 すると、その間に思わぬ人たちが駆け付けていた。

 攻撃していた沖学園の選手たちだ。痛めた足を冷やすコールドスプレーを持って走ってきたのは、3塁コーチャーを務める上園凱斗選手。背番号13番の高原敦彦選手と15番の高塚皓嗣選手は、コップに水を入れて沖学園の3塁ベンチから運んできたのだ。

 

 岡崎選手は、結局担架でベンチに運ばれて治療を受けることになったが、幸い「両足がつった」ということで、なんとか試合に戻ってくることができた。

 

 試合は4対2で沖学園が勝ったが、ゲーム後、相手選手のアクシデントに駆け付けた選手たちがその思いを教えてくれた。上園選手は「コールドスプレーを持っているのが(コーチャーの)僕だけだったので、思わず体が動いた。ありがとうと言われました」

 また水を運んだ高原選手は主将の阿部剛大選手の指示で持って行ったと言い「暑くて大変なのはお互い様なので」と相手を思いやった。

 起こった出来事はそれだけのことだが、私はテレビを見ていて涼風に吹かれた。時間にして10分ほどのことだが、高校生たちが見せた澄み切ったスポーツマインドにノックアウトされた。

 

 些細なことだが、それができるかできないか。 素直な気持ちから出た相手を思いやる行動は美しい。

 

 それに比べて、豪華に並んだ品々の…。いや、止めておこう。これは一緒に並べて語ることではないだろう。

 

 スポーツとは、コップ1杯の水の美味しさを知るために、正々堂々と戦うことだ。そこにいかなる差配や圧力があってはならない。それはスポーツに対する最大の冒涜だ。

 ボクシング連盟が用意すべきは「おもてなし」の品々ではない。戦う者がその結果を信じてリングに上がれるフェアな環境だ。それができなければ、日本のボクシングに未来はない。