スポーツ選手にとって厳しい猛暑が続く(写真:gyro/Getty Images)
連日、熱さによる熱中症で、全国で何人もの方が亡くなっている。埼玉県熊谷市では、7月23日に41.1度を記録し国内の観測史上最高を更新した。テレビのニュースも朝から、「外出を控え、室内ではエアコンを惜しむことなく使用することお願いします」と注意を喚起している。まさか日本もこんな猛暑に襲われることになるとは思いもしなかった。
気温40度以上を経験したのは、プロ野球を引退してオーストラリアで日本語の教師(1990〜91年)をしている時だった。
メルボルンが州都のビクトリア州。そのビクトリア州北部の小さな町の学校(中高一貫校)で日本語を教えていた。中学と高校を合わせて30人余りの生徒たちが日本語を勉強していた。学校の敷地の中は緑にあふれていたが、車で5分も走れば荒涼とした砂漠のような光景が広がっていた。暑さに加えて地表から出る塩害で植物の生育は限られていた。
夏の日中の気温は軽く40度を超え、暑い日には45度を超えることも珍しくなかった。そんな高温の中での活動は危険どころか命にかかわることでもある。外を歩いている人は誰もいなければ、学校のスポーツもインドアの競技に限られていた。屋外ではドライヤーから出るような熱風が吹いていた。とてもスポーツどころの環境ではなかった。
印象に残っているのは、初夏に小学生のオリエンテーリングに同行した時のことだ。子供たちへの携行品の案内に「水分(飲み物)」や「帽子」があったのはもちろんだが、そのほかに「サングラス」と「日焼け止め」も必ず持って来るようにと書かれていたことだ。
日本のプールでは「日焼け止め」を塗るのを禁止しているところもあるようだが、この暑さではそれも検討の必要があるだろう。また小学生がサングラスをかけていたら、日本では間違いなく怒られるだろうが、これも目を守る意味で考える必要があるかもしれない。
これだけの猛暑が続くと心配されるのは、高校野球の夏の甲子園大会だ。各地の予選では、もうすでに日中の暑い時間帯を避けて、試合を夕方から夜にかけて行ったところがある(京都大会は早朝とナイターで対応)。こうした試合運営は賢明な判断だと思うが、日程の詰まった本大会では、応援団の来阪やテレビ放送の関係もあり、現状では大胆な予定変更は難しいことだろう。
大会が無事に終わることを今から祈るばかりだが、昨今の気候変動を考えると、試合時間の変更にとどまらず、開催時期の変更やドーム球場の使用も視野に入れ、様々な開催案を議論すべき状態になっている気がする。学校が夏休みの時期にこだわるのであれば、北海道などの涼しい地域での開催か、少なくともドーム球場での大会運営を真剣に議論すべきだろう。
東京五輪でもマラソンの開始時間早める
そしてもう1つ大切なことは、野球に限らず選手たちと指導者に暑さからくる熱中症や脱水症状の怖さをしっかりと理解してもらうことを徹底することだ。暑さのレベルが、今までとまるで違ってきている。
観測史上最高気温が更新された7月23日の夕刻には、気象庁が異例の臨時記者会見を開き、竹川元章予報官が次のように語っている。
「命に危険が生じる暑さが続き、『災害』という認識だ。水分と塩分を補給し、健康管理に十分に注意してほしい」
今から思えば恐ろしい話だが、私が社会人野球の監督をやっていた時にも練習後に倒れた選手がいて、救急車で運ばれたことがある。選手を日陰に寝せて氷やタオルなどで身体を冷やす応急処置は施したものの、「このくらい大丈夫」と経験則の中でみんなどこかで楽観していたように思う。
私が高校生だった時代(1970年代)はもっとひどかった。夏の練習中に先輩が倒れ救急車で運ばれる事態があったのだが、練習が中断し、その後の練習メニューが軽くなったことを選手たちはみんなで喜んだ。熱中症の死に至る危険性など、誰も認識していなかったのだ。「明日も誰か倒れてくれないかな」と練習後に笑いながら話していた。そういう時代と言えばそれまでだが、やはり知らないことほど怖いものはない。
夏の甲子園を目前に日本高校野球連盟も熱中症対策を徹底することになった。開会式では給水タイムを設け、プレーが長引いた際には、試合を中断して休憩時間(給水)を取ることを決めた。また従来通り、理学療法士が選手の水分補給をベンチで確認することも励行する。前述の気象庁の発表を受けての緊急対策だ。これは選手だけでなく、炎天下で応援する生徒たちや観戦する一般の人たちにとっても同様の対策が求められる。
今スポーツに関わる人たちは、新たな課題と大きな問題に直面している。今までの暑さ対策や気象環境に対する認識では、潜む危険を回避できない可能性がある。2020年東京五輪もマラソンのスタート時間を朝7時に早めたり、サッカーの試合時間を夕方以降に設定したり、暑さ対策を具体化している。しかし、それでもまだまだ不十分だという声が早くも上がっている。スポーツを仕事にするプロ野球でも、試合前の練習時間を短くしたり、練習の強度を下げたりして、毎日の試合をこなしている。こうした暑さ対策は、スポーツだけでなく、企業が開催する屋外でのイベントや地域での活動でも十分に留意すべき点だ。
日本において「暑さ」というものが、これほど問題視され危険視される時代はないだろう。スポーツ界も真剣にこの事態と向き合い、柔軟な発想でこれまでの練習の形態はもちろん、夏場の大会運営などを再検討する必要がある。「このくらいの暑さに勝てなくて相手に勝てるか」といった私たちの現役時代の常套句(叱咤激励)は、恐ろしいことにもはや完全に使えなくなっている。
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