プロ野球選手が盗みを働いた背景には経済的な困窮があった。写真はイメージ(写真:Ljupco/Getty Images)
プロ野球選手の生活は、巷間で思われている以上に、実は経済的に厳しい。大半の選手は、節約の利いた堅実な生活を求められる。
それでも成功すれば年俸数億円も夢ではないのだから、やりがいのある世界だ。ただ、そのイメージと現実のギャップの中で、様々な事件や不祥事が起こっているのもプロ野球の歴史だ。
まったく夢のない話から、ご紹介しなければならない。
まずは千葉ロッテマリーンズの26歳の選手。2年前に離婚。そこから金使いが一層荒くなったみたいだ。各種の消費者金融から金を借り、その返済に困りチームメイトにも無心していたという。パチンコや飲食、リフレッシュに金を使い、球団に取り立ての電話もかかってきたそうだ。この選手は2年前にも借金問題を抱え、その時には球団に相談して解決してもらった。
しかし、今回はシーズン中にもかかわらずこうした事態を招き、自ら責任をとる形で現役引退を表明した。関係者によると借金の額は数百万円だという。残った借金は球団が返済するとの報道もある。6月末のことである。
次は「夢がない」どころか、弁解の余地もない残念過ぎる事件だ。
読売巨人軍の選手が、あろうことかロッカールームにある同僚選手の道具やユニフォームを盗み、中古ブランド品買い取り専門店に売却していたというのだ。盗まれたグラブやバット、ユニフォームがネットオークションで転売されているのをほかの選手が見つけて事件が発覚した。こちらも消費者金融から金を借り、返済に困り犯行に及んだという。本人は「生活に困窮していた」と説明している。23歳のこの選手は、5月、6月と盗みを繰り返し、約110点に及ぶチームメイトの野球用品を売りさばいていた。その総額は、100万円ほどになったという。巨人は、7月7日、この選手との契約を解除した。
ロッテの選手の推定年棒は、1000万円。巨人の選手は、推定500万円だ。
世間的に見れば、20代の若者がもらうサラリーとしては、十分な額と言えるだろう。なぜ、それだけの額をもらっていながらこんな事態になってしまうのか。誰もが首をかしげることだろう。私もまったく同感だ。自分たちがいる恵まれた環境に気が付いていない。プロ野球のOBとしても情けない限りだ。
「プロ」かたる資格なし
これは単にプロ意識に欠ける「プロ野球選手」と呼ばれる資格のない若者が起こした出来事として、彼らを見放すべきことだと思う。ただ、彼らの名前をあえて伏せているのは、球界OBとしてのせめてもの恩情であり、これを個人の失敗に終わらせることなく、球界全体の、あるいはすべての業界の若い人たちの教訓にしてもらいたいからである。
彼らを擁護するつもりは毛頭ないが、プロ野球の世界では年俸500万円や1000万円は、まだまだ稼いでいるうちに入らない金額だ。上を見たらキリがないがレギュラーになれば1億円も当たり前。2億円、3億円もたくさんいる。
これはきっと、どこの世界でも起こり得ることだと思う。
私がプロ野球選手だったのは、もう30年前のことだ。1985年にドラフト外で東芝からヤクルトスワローズに入団した。当時のサラリーマンとしての年収は、300万円前後だったと思う。それがプロの世界に入って500万余りになった。実質的には倍近い年収になったのだが、生活は会社員時代の方が楽だった。
一番の要素は、道具代と飲食、交友費である。社会人時代は野球道具の一切は会社から支給された。グラブもバットも手袋もユニフォームも、何から何まで会社が用意してくれるので野球でお金を使うことはない。当時は金属バットを使っていた。木製と異なり滅多に折れないので、長く使用できる。会社が負担するバット代もそれほど大きくなかったはずだ。しかも寮費や社宅など、福利厚生の施設や環境も充実している。飲みに行くのも近所の居酒屋。マイカーを持っていても駐車場代もかからない。つまり社会人野球の選手は、余計なお金を使うことがほとんどないのだ。
それに比べてプロ野球は、ユニフォーム以外の道具は、全部自前で揃える必要がある。ドラフト上位の選手やレギュラー選手になれば、用具メーカーのスポンサーがついて道具代は一切かからなくなるのだが、その立場を手に入れるまでは自分で払わなければならない。当時でも木製バットは1本1万円近くしていた。試合と練習をこなすと、1軍2軍関係なく月に最低でも10本以上は消費することになる。これだけでも10万円である。その他手袋も消耗品で数千円のものをいくつも使う。今は、バットも1本1万円を楽に超える。
その点、投手はグラブが数点あれば何とかなるのが野手との違いだ。前述の選手二人は、ともに野手である。バット代や用具にかかる出費が多かったのかもしれない。しかし、必要な用具を揃えるのは、どんな仕事でも当たり前のことだ。設備投資を怠って良い成績は期待できない。
稼げるまでは見栄を張ってはならない
おそらく一番大きな問題は、派手なプロ野球選手というイメージの中で生活を強いられることだろう。例えば、稼いでいる1軍の選手たちは、1回の食事で一人数万円を使うことぐらいの出費は当たり前だ。高級な焼肉店でも行けば、一人10万円くらいの食事も珍しくないだろう。気前のいい先輩が払ってくれるような席ならいいが、年俸数百万円の選手が日常的にこれをやっていたら、あっという間に家計は破綻する。加えて高級車にでも乗っていたら、維持費すらままならない。巨人を去った選手も、高級車を乗り回していたらしい。
プロ野球に入っても、十分に稼げるようになるまでは、修行の身と同じだ。先輩と同じような経済観念で飲みに行ったり、遊びに行ったりしていては、お金が足りなくなるのは当たり前の話だ。そもそもバジェットが小さいのだから。
北海道日本ハム時代の大谷翔平選手は、球団の寮に住んでいた。休みの日でも寮内の施設で練習やトレーニングをするのでほとんど外出することはなかったという。出かけるとしてもコンビニ程度。おかげで1カ月の出費は1万円ほどだったという話がある。1億円以上稼いでいてもこれである。彼は自分がまだまだ修行の身であると自覚していたからだ。
前述の2選手のようにならないためにはどうしたらいいのか。求められるのは、我慢と計画性だ。副業が禁止されているプロ野球では、残念ながら、解決策はこれしかない。
プロ野球に入っても、まだ本当の意味でプロ野球選手になった訳ではない。活躍して年俸が上って初めてプロ野球選手らしい生活ができる。私自身は最後までプロ野球選手らしい生活をした覚えがない。5年間の選手生活は、まったく余裕のないものだった。経済的にも選手としての立場的にも、シーズンオフにゴルフなんかやっている場合ではなかった。
憧れの会社に入って、自分の名刺をもらっても、それで一流の会社員になった訳ではない。仕事を覚えて一人前になってからが会社員だ。
我慢は辛いが、球団や会社に返済を迫る電話がかかってくるよりましだ。地味に過ごすのは格好悪いが、仲間のユニフォームを盗むよりは上等な暮らしだ。
毛沢東は、革命家の条件を「若くて貧しくて無名であること」と言った。スティーブ・ジョブズは、学生たちに「STAY HUNGRY」と訴えた。両者の置かれた状況は違えど、我慢の中にこそ次へのエネルギーがあることは間違いないだろう。
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