まずもってリーダーが発揮する指導力とその影響について整理しよう。人間は社会というものを形成して集団で生きていくのだから、その中でリーダー的な役割を担う存在が生まれてくる。これ自体は、決して悪いことではないだろう。リーダーが良い影響力を発揮して多くの人をあるべき方向へ導いていく。そのために周囲の人たちもリーダーに協力する。それは社会も会社も、学校も運動部も、みな同じ仕組みの中で機能している。問題は、その時にリーダーが発揮するリーダーシップ(影響力)のクオリティー(質)だ。

 

 その影響力を原始的な順番、あるいは質の低い順に並べれば次のようになるだろう。

暴力や恐怖 → 地位や立場の違い → 好意や善意 → 尊敬や憧れ

 

 私たちは、昔から「暴力や恐怖」で動かされる。時には国家体制そのものが暴力を肯定して恐怖政治を生む。私たちは、多くの場合「暴力や恐怖」の前に無力だ。

 

 私たちの社会や組織は、「地位や立場の違い」を作る。リーダーの中にはその地位を利用して、人に何かを命令する人がいる。地位の低い人、立場の弱い人はその指示を聞かないわけにいかない。

好意を抱けるリーダーには喜んで協力

 私たちは、相手に感じる好意やその人に対する善意として、リーダーの意向に沿った行動をとる。それは「暴力や恐怖」と違って問答無用に動かされるものではない。また相手の地位に従うのではなくて、自発的に動くものだ。

 私たちは、尊敬する人物のために自ら動く。憧れを抱くリーダーのために何とか役に立ちたいと思う。こうした影響力は、行使されるものではなく、それぞれの人が自らの中に感じる前向きなエネルギーだ。こうした人が数多くいる組織が活性化するのは、自明の理と言えるだろう。

 話を日大アメフト部に戻そう。悪質なタックルをした学生は、様々な形で暴力を受けていた。実際に監督やコーチに殴られていたかどうかは知らないが、理由の説明もなくゲームを干されたり、丸刈りを強要されたりするのは立派な暴力だ。最近出てきた情報では、日大アメフト部ではコーチの暴力が横行し、それを理由に多くの選手が退部したと報じられている。以前から暴力的な体質であったことは間違いないだろう。

 また監督やコーチという立場の違いから、理不尽な練習を選手たちに課してきたという情報も現役選手だけでなくOBからも出てきている。また前監督が大学の要職にいることも、コーチと選手が無謀な要求を聞いてしまう体質につながっている気がする。その地位が作る影響力である。