羽生結弦選手の祝賀パレードに集まったファンと米大リーグ、大谷翔平選手の共通点とは(写真:坂本 清/アフロ)
活躍を続けるロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手(23歳)。スポーツライターという仕事柄、主にピッチングや打撃について、技術的な側面から彼のプレーを考えることが多いのだが、米大リーグでのデビュー以来、彼の所作で気になっていることがある。
それはプレーとはまったく関係のないことだが、いずれ米国のメディアもその「些細な行動」を取り上げるのではないかと思っている。いや、もしかするとそんなことにはまったく頓着せずに、ずっとスルーされたままになるのかもしれないが…。
本当に些細なことだ。彼がバッターボックスに入ると、ホームプレート上にある土や泥を必ず自分で拾って(あるいはそれを手で掃いて)、ホームベースをきれいにしてからピッチャーに向かっていくのだ。
日本の主審は、新しいバッターが打席に来るたびに、小さなハケでベースを掃くが、米国の審判がベースを掃くところをあまり見ない。もちろん、ホームインしたランナーのスパイクについた土がホームベースに大きく残っている時には、日米を問わずこれをきれいにするのも審判の仕事だが、米国の審判の方が、きっと大らかなのだろう。細かい土が残っていることなど気にしない?
大谷選手が打席に入ってこれを見つけると、必ず自分でベース上をきれいにしているのだ。私の見るところ、1試合に1回2回はやっている印象だ。
これは、打席に行っても大谷選手がつねに周囲に目を配り、いつでも冷静にプレーしている証拠でもあるのだが、一方で私は、この行動に日本人の繊細さときれい好きがよく表れていると思い、ある種の共感をもって大谷選手のこの「清掃活動」を眺めている。
次の話題は、大谷選手の故郷でもある東北での出来事だ。
4月21日(土)、宮城県・仙台の東北放送(TBC)の朝の番組に電話で出演した。スポーツコーナーの終盤、地元のアナウンサーが翌日に迫ったイベントについて話を移す。
羽生選手の言動がファンに伝播
「明日は、仙台市内で羽生結弦選手(23歳)の祝賀パレードが行われます。前回(ソチ五輪)は、9万人の人が沿道で羽生選手の活躍を祝いました。今回は10万人を超えることが予想されています。ケガを乗り越えての五輪2連覇。本当にすごい活躍でしたね…」
この情報をきっかけに、番組後半は仙台出身の羽生選手について話し合ったのだが、ここで取り上げたいのは、そのパレード当日のことだ。
晴天の下、全長1.1キロのコースを羽生選手は40分かけてパレードし、詰めかけた10万8000人のファンとその喜びを共有した。笑顔はもちろん、時折、金メダルの演技を車上でパフォーマンスして、早くから沿道で待っていた人たちを喜ばせた。
「みなさんが僕ひとりのために注目してくださっているので、その温かい目とか『おめでとう』のという声が脳裏に焼き付いた。たぶんこれは地元だからこその光景。自分にしか味わえない光景だった。しっかりと心の中に持ち続けていきたいと思える瞬間でした」
この日、羽生選手は宮城県と仙台市に支援金としてそれぞれ500万円を寄付し、東日本大震災からの復興とスポーツのさらなる振興を願った。
美しいアスリートの言動は、ファンの人たちにも伝わるものなのだろう。と同時に、ファンの応援態度やその行動が、選手の存在感を高め、その意識にも影響を与えることもあるだろう。
パレードに全国から集まった羽生選手のファンは、SNS(交流サイト)を通じて「ゴミを出さない。ゴミがあったら持ち帰ろう」と呼び掛けて、これを実行したのだ。それぞれが大きなビニール袋を持参して、自分のゴミだけでなく周囲のゴミも拾っていく。おかげでパレードが行われた沿道には、ほとんどゴミが落ちていなかったそうだ。仙台市も清掃のためにボランティアを含め1000人規模で対応に当たろうとしたが、拾うべきゴミがなく良い意味でこの準備が空振りに終わったというのだ。
大谷選手の「ベース掃き」や羽生選手ファンの「ゴミ拾い」に触れながら、話は散らかっているが、結論はこうだ。
2014年のブラジル・サッカーワールドカップ(W杯)の時にも、日本からのサポーターが会場のスタンドを清掃して帰って、世界から称賛された。私は、こうした日本人の行動が好きだ。そして誇りに思う。こうした行為に影響を受けて、私自身がスポーツ観戦に行っても、できるだけゴミを出さないように心掛けている。
日本人が共有する美意識とは
ここで徳を説いたり、身に付けるべき品格を考えたりするつもりはない。それを言えるような立場ではない。
ただ、何度も書くが、大谷選手の行動や沿道を埋めたファンのマナーが大好きだ。そこに感心しているのは、私の中の日本人だ。老若男女、思想信条、仕事や立場が違っても、多くの人とこの部分では共感できるのではないかと思う。それはきっと、こうしたことを「善し」とする感性を、私たちがこの国の中で共有しているからだろう。
来年にはラグビーのW杯が日本で行われる。2020年には、いよいよ東京五輪・パラリンピックも開催される。
こうした機会を通じて、日本は世界に何を発信するのか。インフラの充実、最新のべニュー(競技会場)や治安の良さなど、様々な選手の活躍を含め、日本が誇る要素はたくさんある。その一方で、「理念に欠ける」という思いを多くの人が抱いていることも確かだ。日本が世界に発信し、これを後世に残していくレガシー(遺産)とは何なのか?
「ゴミを出さない、汚さない」という美意識は、私たちにとって当たり前のことだ。ただ、これも立派なレガシーになり得ると私は思っている。
アスリートとしての大谷選手や羽生選手には、かなうはずもないが、「公共の場をどう使うか」ということへの意識の高さは、みんなで競い合うことができる。そして、それを世界に発信する。
些細なことだが、忘れたくないことだ。
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