電撃的に解任されたハリルホジッチ監督(写真:ユニフォトプレス)

 芥川賞作家・村上龍氏の本のタイトルを模せば「すべてのサッカー監督(男)は消耗品である」。

 サッカー日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督(65歳)が、電撃的に解任された。代表監督という仕事や立場を、消耗品のように軽く見ている訳ではない。言いたいことは、その真逆のことだ。

 どんなに立派な監督も、実績を残したカリスマも、解任される時には、まるで消耗品のようにあっさりとクビをすげ替えられる。代表監督という仕事は、古今東西、そういう運命の中で戦い続けなければいけない立場であり、サッカー界の歴史はそれを繰り返しているのだ。

 解任されたハリルホジッチ監督は、パリのホテルで日本サッカー協会の田嶋幸三会長に契約解除を告げられると、「なぜこの時期なんだ」と驚きと怒りの表情を見せたという。口にする文言は違えど、ハリルホジッチ氏のリアクションもこれまた万国共通の反応といえるだろう。

 代表チームは、そうやって必要な新陳代謝を行い、監督は消耗品のようにある日突然去っていくのだ。寂しくもあり、悔しくもあり、厳しくもありながらも、監督の仕事とは、いつもそうやって終わっていくのだ。

 監督の立場を語るには、イングランド代表監督も務めたハワード・ウィルキンソン氏の表現が、やはり最も的を射ているといえるだろう。

 「監督には二通りしかない。クビになった監督とこれからクビになる監督だ」

 今回の解任劇を見ながら、岡田武史元日本代表監督の言葉を思い出した。ワールドカップ(W杯)での監督時代を振り返ってテレビで発言したものだ。

 「やはり自国の監督は、やるものじゃないですよ」

 多くの説明は要らないだろう。それだけ代表監督とは大変な仕事だということだ。好成績を上げられれば良いが、無残な結果に終わった時には…。W杯では、すべてのバッシングが監督に向かってくる。指揮を執るのが外国チームならば、いざとなれば喧騒を逃れて自国に帰ることもできる。しかし、それが自国のチームならば、「あること」「ないこと」さまざまな批判が耳に入ってくる。その厳しさを岡田氏は言っているのだ。代表監督のプレッシャーには、普通の人はおよそ耐えることができないだろう。