WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での侍ジャパンの快進撃に日本中が沸き立っている。
これを記している3月14日現在、2次リーグに進出した日本は初戦のオランダに勝って(8対6)、キューバとイスラエルの試合を残している。こうした国際大会は最後まで何が起こるか分からないが、ここまでの戦いぶり(1次ラウンド3戦全勝)を考えると準決勝進出(アメリカ、ロサンゼルス)はかなりの確率で間違いないだろう。(その後キューバ、イスラエルにも勝って、準決勝進出が決定)
WBCで大変身! 日本の快進撃を支える、キャッチャーの小林誠司(巨人)。(写真=YUTAKA/アフロスポーツ)
投打のバランス良く、小技もお見事
ここまでのヒーローを挙げれば、4番に座って大事な場面で打ち続けている筒香嘉智(横浜DeNA)と、その後を打つ5番中田翔(日本ハム)のバッティングが光っている。4番、5番がホームランを連発し、チャンスでタイムリーを打てば、チームは否が応でも盛り上がるものだ。その他、坂本隼人(巨人)や松田宣浩(ソフトバンク)の活躍も見逃せない。またセカンドを守る菊池涼介(広島)の守備における貢献は特筆すべきものだろう。
投手陣も安定している。先発を任された石川歩(ロッテ)、菅野智之(巨人)、武田翔太(ソフトバンク)がゲームを作り、中継ぎ・抑えを担当する千賀滉大(ソフトバンク)や岡田俊哉(中日)、則本昂大、松井祐樹(ともに楽天)、平野佳寿(オリックス)、増井浩俊(日本ハム)、牧田和久(西武)らがしっかりとその役割を果たしている。
加えて内外野の守備や送りバントといった日本が得意にするプレーも見事に決まっている。とにかく投打のバランスが極めて良いのだ。だから、「この後の準決勝、決勝が楽しみだ」とここで筆を置くことも一考だが、それでは快進撃の真の要因が見えてこない。やっぱりこの人の存在に触れておかない訳にはいかないだろう。
WBCで評価が一変したキャッチャー小林
それは、キャッチャーとしてスタメン出場を続けている小林誠司(巨人)である。大会前の評価は酷いものだった。本来マスクをかぶるのは嶋基宏(楽天)だったのかもしれない。それが足の故障で大会前にチームを離脱した。急きょ、炭谷銀仁朗(西武)が追加招集されたが、小林、大野奨太(日本ハム)、炭谷の捕手陣は、誰が出場しても最も心配なポジションと言われていた。
新聞報道では「結局最後まで穴は埋まらなかった」と捕手陣を総括したところもある。経験不足、打撃力不足…。確かに捕手への懸念は、的を射ていた。
しかし、こうした評価をそのプレーで覆し、心配の声を封じたのが小林の活躍だった。オランダ戦までの打撃成績は11打数5安打4打点と文句のつけようのない成績を残しているが、小林で語るべきは守備での落ち着きと相手打者の心理を読んだ配球の妙にある。
ここまで日本が自分たちの持ち味を発揮して落ち着いて戦えているのは、守備における扇の要、キャッチャーの小林が冴えわたった思考で生き生きとプレーできていることが最大の要因と言える。中でもタイブレーク(延長11回以降は、0アウトランナー1塁2塁で攻撃を開始する)まで持ち込まれ激闘となったオランダ戦は、小林の守備が日本を勝利に導いたと言ってもいいだろう。
ポイントは5回裏の守りだ。5回表に小林のセンター前ヒットで勝ち越した日本は、6対5とオランダを1点リードした。しかし、すぐさま0アウト2塁3塁のピンチを迎え、打席は3番のボガーツ(レッドソックス)だった。その後には4番バレンティン(ヤクルト)、5番グレゴリウス(ヤンキース)が控えている。1ヒットで逆転を食らう絶体絶命のピンチである。
マウンドには時速150キロを超えるストレートと落差の大きさから「お化け」と呼ばれるフォークボールを投げる千賀がいた。
オランダ戦の大ピンチを救った小林のリード
まったくミスの許されない場面で、小林のリードはさえていた。ボガーツには、初球にスライダー。ワンバウンドするボールに手を出してきたことから、ボガーツの意識が「フォーク」にあることを察知する。2球目のストレートを簡単に見逃したことからもそれは明白だった。そこで2ストライクから誘うようにボールになるフォークを要求するが、これをボガーツが見極める。フォークへの意識はまだ高いままだ。そこで勝負球はアウトコースのストレートだった。千賀のボールがうなりをあげて小林のミットに吸い込まれていく。見逃し三振。ボガーツのタイミングは、まったく合っていなかった。
4番バレンティンは、前の打席でレフトポール直撃の同点2ランホームランを打っていた。危険極まりない打者だ。
バレンティンも千賀のフォークは警戒していたはずだ。しかし、千賀と小林のバッテリーはまずストレートで攻め始める。球威に圧倒されたバレンティンは2球で2ストライクに追い込まれた。小林の3球目のサインに千賀は大きく首を縦に振った。その狙いと意図を感じ取った印だ。千賀の3球目はバレンティンの胸元を突くブラッシュボール(体をのけぞらすような投球)。
このボールに「カチン」ときたのか、バレンティンが鋭い視線で千賀をにらみつける。しかし、それこそが小林の狙ったこのボールの意図だった。ここまで3球続けてストレート。怒った(?)バレンティンもストレート勝負を望んだことだろう。状況は出来上がった。ここで投げるからこそ威力が増す。小林が出したサインは「フォーク」だった。バレンティンのバットが空を切る。ボール球に手を出し、しかもタイミングはまったく合っていなかった。
5番グレゴリウスには、1球目からフォークだった。アウトコースに構えていたが、千賀のボールが指にかかり打者の足元(インコース)に来た。後ろや横にはじいたら3塁ランナーが生還する。しかし、小林の動きは機敏だった。これを見事にキャッチして事なきを得る。見逃してしまいがちな地味なプレーだったが、それは超ファインプレーだった。2球目は強気にインコースのストレートを要求。これをグレゴリウスが打って1塁ゴロに倒れた。
0アウト2塁3塁で迎えた相手打線は3番、4番、5番。それでも1点もやらずにピンチを切り抜けた見事な守りだった。もしここで打たれていたら、ゲームはまちがいなくオランダ有利の展開になっていただろう。小林の冷静で勇気ある配球が侍ジャパンを救ったのだ。
想定外のホームランで好循環に
小林をここまで勇敢に、大胆にプレーさせた要因は何だったのか。私は、1次ラウンド中国戦(3戦目)のホームランにあると思っている。打撃ではまったく期待できない。そんなレッテルを張られているような彼が勝利を大きく手繰り寄せる2ランホームランを放ったのだ。この時のベンチの盛り上がりはすごかった。まるでお祭りのように活気づいた。そしてチームメイトが「この大会の正捕手は小林だ」と認める瞬間でもあった。このホームランが小林に自信と余裕をもたらした。
オランダ戦でのタイムリーヒットも、アウトコースに3球続いた変化球を打ったものだ。「インコースの甘いボールにはホームランもある」と相手が警戒しての配球だったのだろう。それを小林は、彼本来のバッティングであるセンター返しで打ち返した。
ホームランを打ってからすべてが好転した。自信をつけた小林は、リード面でも相手を冷静に観察しながら攻めていく。打撃での貢献が、大胆でありながらも落ち着いた守備を導いたのだ。
仕事もスポーツも、何の要素もなく突然自信を深めるなんてことはあり得ない。ちょっとした活躍や思わぬ出来事がそれまでの自分を変えてくれる。しかし、それは状況の好転を求める自身の真摯な取り組みがあってこそのことだ。私たちは小さなきっかけで大きく変わることができる。大切なことはそれを信じて前向きにプレーし続けることだろう。
小林の野球への真摯な姿勢は、巨人の先輩捕手・阿部慎之助に勧められて切った丸刈りの髪型にもよく表れている。
Powered by リゾーム?