過去の栄光、挫折、そして五輪メダルを獲得

 高木選手の奮闘については、本サイトで『スケート「女子団体追い抜き」快進撃の舞台裏』というコラムをすでに書いたが、彼女の最初のハイライトは史上最年少15歳で出場した2010年バンクーバー五輪だった。

 しかし、ここで世界の壁を実感する。得意の1000メートル(35位)と1500メートル(23位)で惨敗。まったく歯が立たなかった。そしてそんな彼女をさらに奈落の底に落としたのが、2014年ソチ五輪の代表漏れだった。

 そこでそのまま彼女のキャリアが終わっていれば、15歳で代表作を出したままもがき続ける選手生活となっていただろう。しかし、8年の月日を経て帰ってきた彼女は、自らの力で銀メダル獲得の快挙をやってのけた。

 高梨選手に関しても、多くの説明は要らないだろう。ソチ五輪の前年から向かうところ敵なし。ワールドカップ大会(W杯)の表彰台を席巻していた。17歳で迎えたソチ五輪は、彼女のための大会だと思われた。

 しかし、まさかの4位。金メダルどころか表彰台に上ることすらできなかった。失意の中で4年後を目指した。ノルウェーのルンビ選手、ドイツのアルトハウス選手といったライバルたちの台頭もあって、今シーズンはここまでまだW杯での優勝もない中で平昌五輪を迎えた。メダルのないまま高梨の時代は、終わってしまうのか。

 ここでもルンビ(金)とアルトハウス(銀)が立ちはだかったが、高梨は風が頻繁に変わる難しいコンディションの中でしっかりと自分の力を発揮して銅メダルに輝いた。「五輪の借りは五輪でしか返せない」と言っていた彼女が、見事にリベンジを果たした瞬間だった。