怖さの陰にあふれる選手への愛情

 「恐怖」の使い手は知っている。

 それは島岡吉郎がそうだったように、星野仙一も誰よりも周囲に気を使い、怖さ以上の愛情を選手たちに注ぎ込んでいた。それがあるから己の感情を前面に出して戦うことができるのだ。

 その証拠に、星野仙一の死を悼む各界からの言葉は、優しさに満ちあふれている。

 この時代に、日本刀を畳に刺すパフォーマンスなど、言うまでもなく通用しない。そればかりか、ハラスメントやコンプライアンス、リスク管理の観点からも大問題になりかねない。それは、昭和の蛮行がまかり通っていたあの時代だからこそ許された指導法だ。

 星野仙一は、そうしたことをもちろんよく理解していた。ただその効能もよく知っていた。だから戦う星野は、自らの言動を刃物にしてグラウンドに立ち続けてきたのだ。

 正月の箱根駅伝では青山学院大学が4連覇を果たした。1月7日の大学ラグビー決勝では、帝京大学が史上最多を更新する9連覇を達成した。こうした素晴らしい活躍を続ける運動部を率いる監督は、選手たちの自主性を尊重し、旧態依然とした体育会の文化を否定するところから快進撃を始めている。それはアンチ「昭和スタイル」というべきマネジメントかもしれない。

 しかし、そうした新しい潮流が星野氏を否定するものではない。両者に共通するのは、誰よりも選手たちに愛情を注いで、彼らが活躍するにはどうしたら良いのかを必死になって考え続ける姿勢だ。そして、それこそが時代を問わず、指導者が持たなければならない資質と言えるだろう。

 星野仙一が漂わせた「恐怖」は、すべてそのための装置だったのだ。

 星野仙一が逝って、覇気に満ちた昭和という時代がさらに遠くなった気がする。