いやはや、すごいセールスマンである。彼の活動を経済効果に換算したら、いったいいくらぐらいになるのだろうか。
様々なテレビ番組に出演するや、自説を唱え、選手たちの横顔を紹介する。そのたびに大学の名前も紹介され、陸上競技部の存在も認知される。そして臆することなく優勝を宣言する。こうしたテレビ出演も有力選手の勧誘につながっていく。しかも有言実行で、チームは抜群の成績を残し続けている。
先の第93回箱根駅伝で完全優勝(往路復路ともに1位)を成し遂げた青山学院大学。これで2015年から3連覇を達成し、出雲全日本大学選抜駅伝、全日本大学駅伝を加えた大学駅伝3冠にも輝いた。その青学陸上競技部(長距離ブロック)を率いているのが原晋監督である。
いまスポーツ界で最も注目されている指導者の一人といえるだろう。
駅伝で無敵を誇る青山学院大学。その強さの秘密は、原晋監督の類まれな「ビジネス感覚」にある。(©PaylessImages-123RF)
組織論の講演会も大人気
箱根駅伝のレース後、原監督は自軍の強さをこう表現した。
「これは“チーム青山”の勝利。個々の選手が自立して、私がいなくても強くなれる組織となった」
この言葉に、彼の目指す理想とチームのあり様が集約されている。
実は、私のパソコンにも彼が頻繁に顔を出す。調べたいことを検索しようとすると、右上の広告スペースになぜか原晋監督が登場するのだ。
「強い組織をつくるにはどうしたらよいのか?」
ビジネスにも有効な組織論。いま、講演会で大人気。
原晋監督のお話を聞いてみませんか。
そんな文言で彼の講演を勧めてくる。
大学陸上部は“部活”でなく“ビジネス”
以前、何かを検索したことで、自動的に彼の講演を勧めてくるのだろうが、未だかつて現役のスポーツ指導者で、こんな存在がいただろうか。それもプロ野球やサッカーJリーグのプロの監督ではなく、学生を束ねる大学陸上部の監督である。
講演の内容も気になるところだが、陸上競技部の監督でありながら講演活動にも精を出す。その「姿勢」にこそ、注目を集めるマネジメントの本質がある。
それをひと言でいえば「ビジネス感覚」といえるだろう。
講演活動も文字通りビジネスだが、拝金主義や金儲けの意味ではない。大切に作った商品をできるだけ高く買ってもらいたい。また人気のある商品を作り続けたい。そのために必要な要素は、「人」「モノ」「金」「情報」だと原監督は言う。
売り手は、買い手の立場になって考える。何をどう勧めたら喜んでもらえるのか。お互いが「WIN」「WIN」になるにはどうしたらよいのか。ビジネスでは当たり前の発想だ。「人」「モノ」「金」「情報」を駆使して最善の結果を出す。
選手を育て、強いチームをつくるプロセスも、これとまったく同じだと言う。それは、青学の監督に就任する前に経験したサラリーマン時代の手法であり、ビジネス的感覚だと原監督は公言する。
具体的には選手の声に耳を傾け、それぞれの個性を活かすことだという。
また、「青トレ」と呼ばれる独自のトレーニング方法は、「人」と「情報」によってもたらされた新しい価値と言えるだろう。走るために必要な筋肉と動きを鍛える。的外れな練習はやらない。この価値が「勝ち」を生む身体と走法を作り出していく。選手たちは、自分たちのトレーニング方法を信頼し、その気持ちが走る自信につながっていく。
これをやれば負けるはずがない…と。
選手たちを縛らず、自立させ、対話する
また原監督自身が、講演やテレビ出演で外の世界に出ていくように、選手たちを縛ることなく自由な発想で活動させていることも、青学の強さにつながっているのだろう。
選手たちの自治を重んじ、彼らの主体性の中でチームを運営する。
強い組織の条件は、自立した個人を確立することだろう。そうでなければ、いつまでたっても指導者の技量や知識を超えていくことはできない。そして何より、レースで走るのは自分自身なのだから。
とはいえ、練習後の夕食は全員一緒で食べることを求めている。それは、独立した個人をつなぐ、一体感を生む時間なのだ。
かつて日本のスポーツ指導者は、選手を平気で殴ったり叩いたりしてきた。また連帯感や人間教育の名のもとに個人の自由を奪い、監督の指導に従うだけの選手を作り続けてきた。その手法をすべて否定することはできないが、野蛮な時代が続いた。それがその時代の社会を反映していたのだろう。
しかし、選手を「モノ」に例えるわけではないが、それが大事な商品だと思えば、殴ったり叩いたりすることの愚に気がつけるはずだ。また、その価値を広く世の中に知ってもらおうとすれば、講演活動やテレビ出演も有効な手段となるだろう。
原監督のマネジメントを「ビジネス感覚」というのは、そうした時代に合ったやり方という意味だ。また、選手を観察するのは、練習中はもちろん、練習の前の時間や練習後の様子が大事だという。そこに選手の本来の姿があったり、抱えている問題が見えたりするからだそうだ。どこまでも選手個人の把握と対話を大事にしているのだ。
目指すべきは、指導者がいなくても機能する組織。その知恵と対話力が新たな指導者の資質となれば、今までとは真逆の発想である。
指導法やマネジメントに正解やマニュアルはないだろうが、青学の選手たちのたくましい走りと笑顔には、時代の先頭を走る自信が感じられる。
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