長期的に企業価値を高める経営の継承とは、どのようなものか──。2016年12月26日号・2017年1月2日号の日経ビジネスの特集「私の経営リレー論 次の次まで考えろ」では、経営者の本音を聞くと同時に、日本の大手企業の経営陣の在職期間および時価総額をベースに、社長の最適な交代タイミングを検証した。
社長交代を経ながら企業価値を高めてきたのがアサヒグループホールディングス。同社では2016年3月に社長が交代した。社長の座を後進に譲り、会長兼CEO(最高経営責任者)となった泉谷直木氏に、社長交代のあるべき形について聞いた。(聞き手は河野紀子)
アサヒグループホールディングスの泉谷直木会長兼CEO(最高経営責任者)。1972年アサヒビール入社。広報部、グループ経営戦略本部長および戦略企画本部長などを歴任。2010年アサヒビール社長就任。2011年7月の持ち株会社設立時に、社長兼COO(最高執行責任者)に就任し、社長兼CEOを経て2016年3月より現職
(写真:小林靖)
今年3月、アサヒグループホールディングス(GHD)の社長を小路明善氏に譲り、会長兼CEO(最高経営責任者)に就きました。社長交代のために意識したり、準備したりしたことはあったのでしょうか。
泉谷:たとえ話をしましょう。今年8月のリオ五輪を思い出してみてください。陸上男子の400メートルリレーで、日本代表の選手には誰も100メートルを9秒台で走る人はいなかった。でも、アジア記録を更新して銀メダルを取ることができました。なぜでしょうか。
それはバトンを渡す人も受け取る人もフルスピードで渡したからです。フルスピードで渡すためには、両者に信頼関係がなければできません。社長交代も同じだと思います。
信頼関係を築くのは、時間がかかりますね。
泉谷:もちろん、急には作れないものです。3日前に「社長になれ」と言われて「青天のへきれき」なんて驚いている交代はだめではないでしょうか。バトンを渡す側は、自分が社長になった翌日から、まず後継者をどうするか、本気で考える必要があるのです。
私が考える、後継者選びの失敗パターンを3つ挙げましょう。それは、①自分の部下、②便利な幹部、③もぐらたたきのチャンピオン──を選んでしまうことです。
自分の部下は、ようするに「ミニ泉谷」であって、私の経営を超えません。2つ目の便利な幹部は一見頭が良くて何でもこなせる。でも社長は「こなす仕事」ではなく、「作り出す仕事」なんです。
そして、モグラたたきのチャンピオンというのは、処理するスピードが速い、いわば頭のいい人です。こうした人は、与えられる課題を一つずつ解決するのは早い。でも大事なのは、もぐらたたきを3回ぐらいやって、そこに共通項があることを自分で見出したり、そこにみられる原理原則を理解したりして、予測が立てられるかどうかなのです。経営者は、後処理ではなくて、次に起こることの予測が重要ですから。
選ぶのと同時に、社長に必要な能力を伸ばして、育てていく必要もあります。社長に必要な能力は3つあると思います。まずは、そんな経営環境でも企業の価値を上げられる「戦略構築能力」です。次に「目標達成能力」。そして組織を動かす「リーダーシップ」です。
こうした3つの能力は、どのように身に着けるのでしょうか。
泉谷:これも方法は3つあります。1つは様々な研修などの「勉強」。次に、色々な仕事をさせて修羅場をくぐらせる「経験」。経験では、現場の風土や能力レベルを見て指示の仕方を変えることも重要でしょう。3つ目は、私は「突然変異」と言っているんですけど、社員に尊敬されて、ああいう風になりたいと思わせる「魅力」ですね。これは教育などとは別に、急に出てくるものだと思います。
重要なのは、従来の高度経済成長期にあったような、トーナメント型で経営者を作っていくやり方は、もうあり得ないということです。経営環境があまり変化しないならば、過去の経験で経営していけます。しかし、経営環境が目まぐるしく変わる中では、過去の経験が邪魔することもあるわけです。ただ経験を積み上げただけで、応用が利かない人を選ばないように気を付けなければなりません。
自分の“旬”を見誤らずに交代すべし
アサヒGHDは、持ち株会社制に移行する前の2000年度に(前身である)アサヒビールが赤字に転落しましたが、その後15期連続で当期純利益が過去最高を更新しています。最近では海外企業の大型買収にも乗り出しています。
泉谷:この期間の社長は私を含めて4人いますが、それぞれの引き継ぎがうまくいったからだと思います。
社長交代の際は気を付けないと、リレーでバトンを落とすような「つなぎ」に失敗してしまうことがあります。そうすると、なかなか上に上がれない。当社みたいに連続で上がってきた状態で一回下に落ちると、戻れなくなってしまうという危機感もあります。
自分が引き継いだときに何を考えていたか。まず、自分の潮目、旬みたいなものを考えておくということでしょうか。業績が下がってから交代するのは無責任ですから、業績がいいうちに、自分が交代する時期を発見しないといけないんです。「まだ交代する必要ない」という人もいるかもしれませんが、最速で走っている時に次に渡すことが大事です。
もし会社に何かあった時に復帰しないといけないかもしれないので、自分の体力や意欲が残っているうちに渡したという面もあります。ただ、欲があるとできないでしょうね。自分の体力や意欲があるときは社長の職を渡したくなくなりますから。
それから、周りの社員が後継者を見る目も気にしました。「あの人なら安定して経営してくれる」と思わせるようにするということです。先ほどお話したような、育て方で様々な部門を経験させていたら、周囲は「(社長になるための)帝王学が始まっている」と見ますよね。それで本人が実績を出していけば、周囲からの信頼は高まります。その安心感、安定感が必要だと思います。
社長だけでなく経営メンバーを育てる
バトンを渡す側も、社長から会長へと自分の役割をうまく変えていく必要がありますね。
泉谷:そうです。社長の座を譲ったら、会長として執行部隊をしっかりと後押ししてあげる。会長として、財界も含めて社会のことを見通す立場になるわけです。社長に譲っているのに執行について口を出せば二頭政治になるし、社長は自由にできません。泉谷は権力を手放していない、と言われるようなということのないように、きれいに渡そうと思いました。
ですから、社員に迷いを与えるような社長交代はダメですよね。企業は永続性が大事です。僕らはリレーのランナーで、常に区間区録を狙う。そして、区間最高記録を出せるランナーをどれだけそろえられるか。そのために必要なのが後継者育成計画(サクセッション・プラン)です。
アサヒGHDの後継者育成計画には、何人ぐらいが候補になっているのでしょうか。
泉谷:今、経営幹部クラスでだいたい30~50人、部長クラスで50人、その下の40歳前後で100人をプールしています。彼らを順番に研修させ、評価して、配置を変えながらいろいろな経験をさせています。若いうちはそのリストは入れ替えがありますが、上の集団になるにつれて絞られていきます。
こうする目的は、ただ社長を選ぶためだけではありません。社長と一緒に経営していくチームのメンバーをそろえるためです。
かつては経営環境の変化が少なかったから、いわゆるワンマン型のリーダーが組織を引っ張ることがよくて、世間もそれを評価しました。でも、これだけ変化係数が多くて、グローバル化が進んでいると、チームリーダー型の社長、チームをコントロールできる社長を作らないといけない。
例えるなら、かつては「金太郎飴集団」でよかったけど、今は桃太郎軍団がいいんですね。桃太郎のように、それぞれ特徴が違う、キジ、サル、犬というメンバーを、きび団子というインセンティブで動かすというわけです。
年功序列の制度のままでは、社長を支える経営メンバーもそろえられないことになるのでしょうか。
泉谷:そうですね。ですから育成の仕組みを入れると同時に、人事制度のパラダイムを変える必要もあるでしょう。人事制度って何となく年功序列で上がってきて、このぐらいの年齢になれば、これはできるといった形だったと思います。でもこれは間違っていると思います。
まず経営側がビジョンを持ち、中期経営計画を作ります。その戦略を実行に移すために、どういう能力が必要なのかを洗い出し、社員一人ずつの能力一覧表を作ってランク付けする。一方で、社員は自らのキャリアの目標を持って、自ら伸びるように動いていくわけです。
会社がきちんとマップを示せば社員は皆頑張って勉強するようになり、能力を発揮できるようになる。それが適材適所につながり、企業は強くなっていきます。よく経営者が「社員が成長しない」というんだけど、それは違う。成長しない理由は、会社が仕事をきちんと配分できていないからなんですよ。
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