こんにちは。私は相続を生業としている弁護士や税理士等の専門家で組織された協会、相続終活専門士協会の代表理事を務める江幡吉昭と申します。本連載では、我々が幾多の相続案件の中で経験した事例を何回かに渡ってご紹介したいと思っています。
伝えたいことはただ一つ。どんな仲が良い「家族」でも相続争いに巻き込まれると「争族(あらそうぞく)」になってしまうということです。そこに財産の多寡は関係なく、揉めるものは揉めるのです。そうならないために何が必要なのでしょうか?具体的な事例を基に、考えてみたいと思います。
第三回は、長男の嫁と義理の姉とのいさかいが思わぬ結果になってしまったケースです。
資産家の父が亡くなってから、長男の嫁が父親の養子になっていたことが判明した。自らの相続分が大幅に減ることになった長女であるが、もはや為す術はなかった…
- ●登場人物(年齢は相続発生時、被相続人とは亡くなった人)
- 被相続人 義父85歳(地主、東京在住)
- 相続人 長男60歳(会社員、東京在住)
- 相続人 長女65歳(専業主婦、東京在住)
- その他 長男の嫁(62歳)
- ●遺産 銀行預金1億2000万円、自宅8000万円、収益不動産1億円:合計3億円
今回のケースは、東京西部で代々続く地主の家で起きた事例です。地主と言っても、相続を繰り返すことによって所有する土地は段々と少なくなり、今では収益物件が数軒というところまで減ってしまいました。それでも、年間を通じて賃料としてそれなりの額が入ってくるのですから、恵まれた家族と言えるでしょう。
亡くなった父と長男家族は同居。長女家族も同じ敷地で、父が建てた家に住んでいました。
長男の嫁と義理の姉に当たる長女は仲が悪く、長男の嫁が嫁いだ当初からいさかいが繰り返し起きてきました。そんな中でも長男の嫁は、嫁いでから何十年もの間、長子の嫁として義理の母と義理の父とうまくやってきました。
長男自体は気が弱く、何をするにも主体的に行動を起こすようなタイプではありません。そこで知らず知らずのうちに、収益不動産の管理などは義理の母が行っていました。義理の母が亡くなり、義理の父が介護状態になってからは、収益物件の管理含め、家のことのほとんどは長男の嫁が取り仕切るようになっていました。
当然、そのことが面白くない長女は、事あるごとに長男の嫁と衝突してきました。
長男の嫁と長女は歳も近く、お互いの子供も同級生でした。同じ敷地に住んでいるため、親同士以上に子供同士の交流は盛んでした。
しかし細かないざこざは絶えません。たとえば、長女が開く子供向けのクリスマス会に長男の嫁とその子供だけは呼ばなかったり、子供の声や犬の吠える声がうるさいと文句を言ってきたりするなど、よくあるご近所トラブルは長く続きました。
そんな中、決定的な出来事が起きました。義理の母の三回忌のときです。親戚一同集まった席で、皆の前であるにもかかわらず長女が長男の嫁を一方的に罵倒したのです。
長女いわく、「お母さんが突然死んだのも長男の嫁のせいだ」とか「父の財産を長男の嫁が狙っている」などです。長男の嫁からすれば、嫁いだ家のために良かれと思ってやってきたことばかりです。義理の親の了解を得てやったことにもかかわらず、義理の姉から難癖を付けられました。
親戚一同が集まる場でけなされた長男の嫁。嫁いでから長年耐えてきましたが、我慢の限界を超えてしまったのかもしれません。
長男の嫁が財産の3分の1を相続
その後、長い介護状態の末、義理の父も息を引き取ります。父の遺産分割や相続手続きをするため長男や長女が集まった時です。「公正証書遺言」の内容をチェックしてみると、驚くべきことが書いてありました。
そもそも長女からすれば、遺言があったこと自体が寝耳に水です。しかも、戸籍謄本を見てみると、知らぬ間に長男の嫁が父と養子縁組をしており、長男の嫁が法定相続人の1人になっているではありませんか。
生前の父は自分の余命が長くないことを認識していた時に、長男の嫁を養子として法定相続人に加え、さらに公証人を自宅に呼んで公正証書遺言を作ったのです。
長男の嫁としては長年の献身が実ったとも言えますが、長女としたら面白くありません。長男の嫁が養子に入っていなければ、法定相続分は長男と長女は2分の1ずつでした。ところが長男の嫁が養子になったので、法定相続分は長男、長女、長男の嫁の3人となり、遺産は三分割することになりました。
しかも遺言には、その旨がしっかりと明記されていました。長女は泣く泣くその遺言を受け入れるしかありません。しかしそのような遺言によって遺産分割は決着が簡単につきましたが、遺族のわだかまりは続きます。
ちなみに養子縁組というのは、一般的に思われている以上に簡単です。婚姻届を出すのと同じように、役所に用紙を一枚提出すれば成立します。しかもこのケースでは、父の養子に長男の嫁がなるのに、当然のことながら長女の許可は要りません。よって人知れず、父と長男、そして長男の嫁の間だけで養子縁組を進めることができるのです。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、養子縁組は節税の王道です。
たとえば3億円で法定相続人が2人の場合、相続税は6920万円もかかります(今回は旧税率のため5800万円でした)。このケースで1人養子縁組すると法定相続人は3人になるので、相続税は5460万円に減ります(旧税率では4500万円)。なんと養子縁組の紙切れ一枚で1460万円もの相続税を節約できるのです。割合にして、21%もの相続税額ダウンです。
よって、税金のことだけを考えれば、この選択は大正解です。一方で、「争族(あらそうぞく)」という火を付けてしまったのかもしれませんが。
この家族に関しては後日談があります。長女と長男の嫁の仲たがいは続き、結局長女は自宅を売却して、この土地から出て行くことになりました。長男の嫁の完全勝利と言えるのではないでしょうか。
最近では生前お世話になった人、たとえば介護職の方など赤の他人を養子にするような資産家の話を時折、耳にします。これはこれで本人が納得していれば問題はありません。ただし、死後、親族が養子縁組を知った場合などは「争族(あらそうぞく)」になりがちです。
戸籍謄本を頻繁に取得して、中身を確認するような人は滅多にいません。今後もこういった問題や争いごとが増えるのではないでしょうか。
最後に、私の記事に対してたくさんのコメントをいただきました。とても励みになります。ありがとうございました。
私が本連載を通じて訴えたいことは一つです。それは「遺言を書くことが当たり前の社会にしたい」ということです。もちろん遺言を書いたからといって、あなたの家族が「争族(あらそうぞく)」になるのを避けられる保証はありません。
しかし、遺産相続をめぐる家族の争いを避けるために、手軽に出来て、法的に有効な手段は遺言を書くことくらいしかないのが実情です。近年予定されている民法の改正でも、この辺りの話はいろいろと議論になるとは思います。
大切な子供たちの心がバラバラにならないための「保険」として遺言を書いておく。そうした認識が社会にもっと広まってほしいと切に願っています。
一部、誤解されているようなコメントも散見されましたが、本記事がきっかけとなって相続について考えていただければ幸いです。年末年始は家族や親族が集まる機会です。臆せず、相続について話し合ってみてください。
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