そんな屈折した長男にとって、父の死亡はこれまでの人生の劣勢を跳ね返す「チャンス」と映ったのでしょう。長男にとっては幸運にも、父は遺言を遺しておらず、遺産をめぐる話し合いで身勝手な主張を展開しました。

 長男は北関東にある父の別荘を相続財産として引き継ぐことを主張しました。
ちょうど、長男は定年退職をしたばかりで、別荘地に転居して新たな生活を始めたかったのです。母は折れる形で別荘を長男に相続させます。

 さらに、都内にある父が住んでいた土地(父の相続発生後、母が一人で住むことになりました)は母と長男と次男で共有することにしてしまったため、長男が北関東から東京に来るたびに、母に嫌がらせを繰り返しました。

 やれ「オレ(長男)に地代を払え」とか、
やれ「地方暮らしも飽きたから東京に住ませろ」などです。

 今回の話で皆さんもお気づきだと思いますが、「争族」に陥る家族には共通点があります。それは、ちょっと“エキセントリック”もしくは気性の激しい兄弟(もしくはその配偶者)がいると、揉め事に発展しやすいということです。今回の長男は、まさにそんな人でした。

 長男はなかなか理屈というものが通用しない人で、父の遺産相続を決める際、遺産分割に至るまで非常に長い時間がかかりました。母はほとほと疲れ果て、「自分の相続では同じ轍は踏ませない」という強い決意を持ったものでした。しかし、結局のところ、この家族は再び、争族になってしまいました。

母は長男の遺留分まで配慮していたが…

 では、経緯を具体的に見ていきましょう。

 母は、自分が死んだときに長男には最低限の遺留分だけ遺し、財産の多くを次男に渡す主旨の遺言を書いたのです。その内容はおおよそ「長男4分の1、次男4分の3」というものでした。

 遺留分とは、相続人に認められる最低限の権利です。被相続人(この場合は母)の兄弟姉妹以外の相続人には、相続財産の一定割合を取得し得るという権利(遺留分)があります。母はこの遺留分にも配慮し、長男にも遺留分相当額の現預金を遺す遺言を作っていました。すべては次男と揉めないためにです。

 ところがです。母の相続発生後、長男は弁護士を立てて遺言通りの分割ではなく、改めて母の遺産分割に関して話し合うべきだと主張しだしました。

 基本的にはこういった遺言があり、被相続人の意思能力がない状態で、故人に近い立場にあった相続人が主導して公正証書遺言を書かせたりした場合、遺言において不利に扱われてしまった他の相続人が、被相続人の意思能力を争うために裁判沙汰になるケースはあります。

 しかし今回の場合、遺言を遺した母の意思能力は生前しっかりしており、そこは争点になり得ません。

 また、これもよくあることではありますが、公証人によっては意思能力がない人にもかかわらず、公証遺言が作成されてしまうケースもままあります。被相続人の意思能力が怪しい状態だからこそ、後日遺言の効力を争われにくくするために、敢えて公正証書遺言という形式をとっているのではないかと邪推したくなるようなケースも、ない訳ではありません。

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